ホンダ
ベンリィ110

 長所:1航続距離 2積載性 3荷役性 4足着き性
 短所:1機敏性 2フレーム剛性 3旋回性

 ホンダは1995年に2stビジネススクーター:トピック(AF38)を発売したが、ヤマハ・ギアの方が小径後輪で荷台安定性が高く、大容量タンクで航続距離も長かったため敗北を喫することになる。紙媒体での新聞の売上げは減り配達に携わる人材も流動化してくるとビジネスバイクをスクーター化する必要性が高まる。そこで2011年8月、ホンダは再びヤマハ・ギアを追随することにした。

 復活した名称はベンリィ。2012年1月に110ccも追加し、50ccと110ccそれぞれに標準仕様PRO仕様を用意している。大型リアキャリアとフロントバスケットを装備し、後輪フットブレーキとウインカースイッチを右に付けたのがPRO仕様である。今回試乗したのは慣らし運転直後の2012年式ベンリィ110とベンリィPRO(50cc)である。特に断りのない限り、50・110、標準・PRO全て共通する内容である。

 機能も外見もギアに良く似ているが施錠方法と駐車方法に違いが見られる。
 燃料タンクの施錠がギアはシートで行うのに対し、ベンリィはタンクキャップで行う。それぞれに利点がある。ベンリィは雨天・降車時にカギの差し換えなしでシートを上げておける。一方でシート下にメットホルダーがあるギアは燃料もヘルメットも同時にガードできる。
 ブレーキレバーでパーキングロックする車輪がギアは前輪なのに対し、乗車したままセンタースタンドがかけられるギア“パーキングスタンド仕様”とベンリィは後輪(コンビブレーキ車は前輪もちょい連動)である。

 発進加速。まずは50ccのベンリィPRO
 85kgの負荷をかけて平地でアクセルを全開にすると約100mで40km/h、200mで50 km/h、300mで55 km/h、500mで平地最高速の57km/hを確認した。下り坂では60km/hまで確認できた。(全てメーター読み)スロットルを回してもはじめの一歩の食い付きが遅く、発進時の安定性が劣る。一方で減速時はエンジンブレーキが良く効き、速度が下がっても停止寸前までクラッチが切れないので発進・停止を繰り返す使い方ではとてもスムーズに感じる。小口配達に使うならもはやカブよりベンリィが選ばれる時代が来たかもしれない。40km/h前後で走った際の燃費は50.5km/Lになった。距離計の誤差は修正していない。市街地内で小口配達するなら燃費はもっと落ちるだろう。

 そしてベンリィ110
 85kgの負荷をかけて平地でアクセルを全開にすると約100mで50km/h、150mで60km/h、200mで67 km/h、300mで75 km/h、400mで80km/h、500mで82km/h、800mで85km/h、そして約1,000mで平地最高速の87km/hを確認した。平地かどうか自信はないが91km/hを見たこともあった。下り坂では94km/hまでは見た。(全てメーター読み)

 進行距離ごとの到達速度はディオ110よりも遅い。出足が遅くて後半の伸びも遅い。現時点で国内原付二種スクーターで最も遅い可能性がある。エンジンはトゥデイ等の中国産空冷モデルに共通する音でディオ110に酷似している。性能的にはスペイシー100のパワーを据え置いて、より静かにするとこうなるかなという感じである。トリートより遅いはずなのにトリートほどイラつきを覚えないのは静かだから。少ない騒音で走れると、もっと回してうるさく走ればもっとスピードが出るのではと期待(or錯覚)するのかもしれない。スロットルをどう回しても穏やかで気が付けば流れに乗っているという感じである。ハーフスロットルでも全開でも体感加速が大きく変わるわけではないので、むしろ凄く静かなハーフスロットル域でまったりツーリングしたほうが幸せになれるかもしれない。毎日の配達はベンリィ110のペースに任せて我慢するしかない。いずれ貴方もベンリィ110のように穏やかな人になれるかもしれない。

 交通の流れに合わせて比較対象区間304.7kmを走行したらオドメーターは311.4kmを指した。距離計に+2.2%の誤差があるとするならば、その区間の平均燃費49.1km/Lになった。同じ区間を平地・登坂を50km/hに下りを60km/hに抑えて定速走行したところ55.9km/Lになった。市街地区間の燃費は41.3km/Lになった。ディオ110より遅いぶん辛うじて燃費は良かった。カブ110(JA07)と比べた燃費効率は市街地走行で−17%、流れで−23%、定速走行で−26%になった。燃費効率も動力性能もカブ110の方が断然上である。坂が多いところや、メリハリ付けて配送したいならカブ110をお勧めしたい。

 不思議に思った点がある。平地はディオ110に負けるが登坂力は同等かそれ以上に感じることもあった。平地最高速が90km/hに届くかどうかなのに、軽い上り坂で80km/hまで伸びることもあった。そして体感する発進加速に“おっそい”時と“意外と力強い”時のバラつきがある。最も“おっそい”時の発進加速はカブ110の2速発進並みにまで落ちる。スーパーワイドベルコン、上から下までちゃんと変速しきっているのだろうか?1,500km試乗して遭遇した不具合は、信号停止中にエンストが1回あった。このときはガス欠でも・電欠でもなかった。減速時にそのままエンストしそうになったこともあった。静かな半面、アイドリングに不整脈の可能性がある。

 乗り心地はカブ110よりおおむね宜しいが、路面からの突き上げが大きめに出ることがある。完全な平地だったり、上下方向だけにうねりがある路面なら船に乗ったように快適だが、すりぬけ等で縦溝に前輪を取られると前軸と後軸がずれるのを体感する。短制動時もハンドルが数ミリ遠くなる。フレーム剛性はステップスルーなスクーターの平均を超えていない。過積載を前提とした車種なのに、このフレーム剛性と片持ちのリアサスでは少々心細い。

 直進性の高さはホイールベースの長さとタイヤの太さで稼いだと思う。極低速域での操舵安定性はカブ110より高く、路面が良ければ直進性が不安になる速度域はない。

 旋回性は平均以下。ホイールベースが長くて旋回軸が低いのでまるでボートに乗っている時のような旋回感覚がある。それ自体は悪くない。問題は車体幅があるのにリアが短足なのでバンク角が取れていないこと。大きく左に寝かせるとスタンドが接地するし、大きく右に旋回すると腰が砕け、乾燥路面でも後輪がアウト側に滑ろうとする。右旋回が左より怖いのはギアと異なりリアサスが左側にしかないのと関係しているかもしれない。動力性能も低いのでベンリィでコーナリングしても一切トキメかない。

 標準装着されていたタイヤはチェンシンタイヤ=CST:C-922F/Rだった。同じ記号だがDIO110のとはサイズが全く異なる。<IRCのMB60(F)MB47(R)が標準で付くこともある。>サイズはF=90/90-12、R=110/80-10。ベンリィ110で短制動を試したところ、
 乾燥路面では
 右ブレーキレバーのみで制動すると前輪が鳴るのは聞こえるが、ロックする前にきちんと停止する。左ブレーキレバーのみ(前後連動)で制動してもやはりタイヤが鳴るがなかなか後輪はロックしなかった。両ブレーキレバーをいっしょに握って、余裕があれば右の方に力を入れれば最短距離で停止できる。
 WET路面
 右ブレーキレバーだけを強く握ってもかなり粘ってくれるのだが、ロックして滑ることもある。しかし事前にタイヤが鳴り出すので力加減が可能である。左ブレーキレバーだけ(前後連動)をガッツリ強く握るとスィ−と滑りだすが、滑りだした後輪の直進性が高くパニックになることはない。雨天時は左ブレーキレバーだけで力加減する使い方でいいと思う。
 前後ドラムだが制動力は期待以上でベンリィ110の動力性能をきちんと抑えることができた。急制動時の安心感、そして雨天時の安全性もカブ110やPCXよりずっと高い。ただし砂利道が怖いのはどれも同じだった。

 なお、フットブレーキのベンリィPROも通常の踏み方ならまずロックしなかった。フットレストから足を離し、ペダル部分のみをカカトで蹴飛ばせばブン屋がやる意図的なスリップターンは可能であるが(笑)このブレーキペダル、フロアステップより8.5cmほど隆起しているため、フロアステップに足を置くと右足と左足で足首を曲げる角度が異なってしまう。フットレストがあるためブレーキペダルに足が常時乗っかるわけではないが、右足が浮いた状態になって加重移動がし辛く操縦性を落としている。長時間走行では前脛骨筋が疲れるばかりでなく腰にまで負担が来た。

 居住性
 運転席の居住性は及第点である。フロアステップとシートの高低差はリード(EX・110)より大きく着座姿勢はリードよりラクである。DIO110よりその高低差が小さく膝の角度はDIO110に座るより水平に近くなるが、フロアステップの幅はDIO110より広いので、靴底はなんとかフロアステップからはみ出さずに済む。しかしフロアが先端に行くほど狭く、足首を左右に捻らないとステップスルーできないのはリード、DIO110、トゥデイ等と同様で閉塞感が付きまとうのは否めない。もう5cmくらい車体を長くしてフロアステップを長くして欲しかった。カブ110との比較では高低差があってステップ加重もしやすいカブ110の方が着座姿勢・操縦性ともに良い。

 シート表皮は見た目には安い素材だがグリップは悪くない。シート厚は薄いが表面積が広く適度な硬さもあり、長時間走行でほとんどケツが痛くならなかった。170cmない私でもベッタリと路面に両足が付いて、なお足が伸ばせる。

 嬉しいことにスーパーカブ110PROでは装備されなかったピリオンステップがベンリィ110(PRO)に付いていて2人乗車が可能となっている。リアシートもオプションで用意されている。リアデッキに着座した限りでは同乗者は股を大きく開くことになるので、小柄な人を座らせた場合、ピリオンステップに足が届かないおそれがある。子供を後席に乗せる予定のある方は展示車両で確認することをお勧めしたい。リアシートを付けると後方にはほとんど荷台としての寸法的余裕はない。PRO仕様のリアキャリアならまだ少しはキャリアフレームが残るのだが。

 積載性
 フロアステップが広くない。ピリオンステップもバックステップ代わりに使えないので足元に積むことはあまり期待しない方がいい。2L・PET6本入りケースを1箱置くと、踵をフロアステップの後端に引っかけるのがやっとである。
 フロントフック(耐重1kg)はステップスルーをしても足に引っ掛からないように掘り込みの中に設けられている。

 リアデッキはカブより低い。そのメリットは2つある。ひとつは重量物を持ち上げる際に腰の負担が減ること。もうひとつは、リアデッキに大きな箱を載せて着座した場合に、背中の低い所に箱が当たるので、着座姿勢が良くなることである。
 リアデッキは両仕様に共通だが、中に埋もれたリアキャリアが異なる。標準仕様は前半分の左右と後端部分しかキャリアフレームがなくフックも計8個しかない。リアデッキに小さい箱を横向きに積もうものなら、必然的に運転者の背中に近いところに置いてバンドしなければならない。これがPRO仕様のキャリアならリアデッキの周囲全体をキャリアフレームで囲っていて、フックも左右に3個ずつ計12個もあるので荷台の好きな位置に荷物を置くことができる。一方で巨大な箱を縦向きに置く場合は標準仕様のキャリアで間に合う場合もある。
 ちなみにPRO仕様のリアキャリアを部品として買うと次のようになる。
キャリアラゲッジ 81200GGM910 ¥10,900(取付工賃¥3,000)。(以下全て税抜き)

 そしてフロントバスケットを取り付けると、以下の部品が必要になる。

 フロントバスケット 81311GGM910 ¥6,000(取付工賃¥1,000)
 ステイ フロントバスケット 上 81105GGM911 ¥1,690
 ステイ フロントバスケット 下 81102GGM912 ¥2,650
 プレート フロントバスケットセッティング 81103GAC650 ¥670×2個
 スクリューワッシャー 6×14 938910601408 ¥35×8枚
 ボルト フランジ 8×30 957010803008 ¥50×2本

 これらを後付けすると部品代だけでも22,960円もする。標準仕様にはじめから付加したセミプロ仕様があればなあと。フロントにはバスケットの他、社外品のBOXなども用意されている。2ケツする機会が多く、メットを入れるBOXをフロントに付けたい方には朗報である。
http://www.ts-products.com/theothers.html

 収納力
 左側のインナーポケット(耐重0.5kg)は容積こそ少ないが風が巻き込まないので伝票なども入れておけそうだ。リアデッキ先端に自賠責等の書類を入れるための浅い収納スペースがある。ヘルメット収納を諦めた代わりに10Lもの燃料タンクをシート下に用意した。燃費差を考慮してもカブ110の倍の航続距離を誇る。

 メットホルダーは、車体の左後端、リアサス付近に付いている。ジェットヘルメットMZを引っ掛けてみたが、カギの挿入や施錠・解錠で苦になる要素はなかった。ただし、ヘルメットが車体から大きくはみ出すので駐輪場で傷を付けられないよう気をつけよう。

 操作性その他。
 パーキングロック機能は標準仕様とPRO仕様で操作が異なる。標準仕様は左ブレーキレバーを握った状態でブレーキロックレバーをレバーに引っ掛けることで後輪(と前輪もいくらか)ロックされる。PRO仕様はブレーキペダルを踏んだ状態でインナーポケット下のブレーキロックノブを引っ張ると後輪だけがロックされる。

 標準仕様は従来のスクーターと同じくウインカースイッチが上、ホーンボタンが下にある。小ぶりで扱いやすい。PRO仕様は左右スライド式のウインカースイッチ が右側に付いている。センタースタンドは軽く掛かるが解除する際は空車でも少し重かった。

 ヘッドライトは35/35Wハロゲンバルブをマルチリフレクトする。ロービームの方が足元は明るいが、ハイビームでも足元を広く照射しつつ周囲全体を照らしてくれるので、暗黒の峠道では専らハイビームの世話になった。照射力はカブ110(JA07)より強く、かつて試乗した35Wクラスのライトを持つバイクのなかで最も明るかったような気がする。これで操舵方向を照らしてくれれば尚良いのだが。一方で日中走行ではロービームにしておくと左側から侵入してくるクルマに気づかれないことが何度もあった。ヘッドライトの取付位置が低いことが日中のロービーム走行の被視認性を落としたのだろうか。

 ウインカーレンズはスモーク調になっていて、見た目が高級なばかりでなく、逆光・順光・昼夜を問わず被視認性が高かったことを褒めたい。

 バックミラーは視界に特に不満はない。歪曲もないし長時間の振動で鏡面がズレることもなかった。

 ベンリィは潔く収納を捨て、積載と航続に特化したスクーターである。当面はスーパーカブ110PROがライバルだろうが、ヤマハがギア125を出してくれれば面白いことになるだろう。

2012.8.19 記述

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