ホンダ
スーパーカブ110

 スーパーカブ90dxと比較して
 長所:1走行性能 2快適性 3燃費 4始動性
 短所:1操舵安定性 2品質 3収納性 4整備性

 普及タイプのスクーターと比較して
 長所:1燃費 2登坂力 3運動性能 4始動性
 短所:1乗り心地 2収納力 3照射力

 スーパーカブ110スーパーカブ90の後継機種として2009年6月に発売されたビジネスバイクである。2008年のスーパーカブ50が規制対応の為のマイナーチェンジとするならば、スーパーカブ110(以下110)はフレーム形状の変更を伴ったフルモデルチェンジと言えよう。今回は2009年式・初期型モデルに試乗した。

 スーパーカブ90(以下90)に比べて車両重量は約7kg重くなっているが、タイヤは細く、ハンドルは軽く、重心は低くなって取り回しは軽くなった。上から下まで広く鉄板を使っていた90に対し、パイプフレームとプラスチックカバーという組み合わせに変えたこと、そして排気量の多いFIエンジンで重心は下がったのだと思う。エンジンはサイズも大きくなって右側にだいぶハミ出た。1時間も走行していると右足の靴が熱くなってくるので、革靴を履く人は注意しよう。

 コストダウンのために外装をプラスチックにした。見事なまでにチープだが耐候性は向上しているとメーカーは言う。水・熱・紫外線によってどれだけ経年劣化するか、これから明らかになるだろう。今回試乗した青色(コスタブルー)は天候・照度によって色が変化して見える。カジュアルっぽくしたかったのかも知れないが、渋さも深さもない軽薄な色である。テールランプ付近もプラスチック丸出しである。あらゆる所でメッキ塗装が省かれたし、キックスターターペダルも滑り止めゴムを付けていない。90の質感をブリキの工芸品に例えるなら110はホームセンターに並んだポリバケツである。

(追記) オーナーさんから報告がありました。10月の台風でバイクカバーが吹き飛び、たった一日だけ雨ざらしになったのだが、もうマフラーが錆び始めたという。追加注文した110プロ用の大型リアキャリア(中国製)も納品時点で既に溶接箇所から錆び始めているという。

 操作性は向上した面もあれば、もうひと工夫が欲しい点もある。シフトチェンジとメットホルダーについては後述するが、一番嬉しかったのはウインカースイッチを左側に移動してくれたことだ。ハンドルロックがメインスイッチに一体化されたのもスクーター的である。セルフスターターもあると便利だ。これに甘えてキックはほとんど使わなくなるだろうが、バッテリーが完全に放電してもキック始動できる点は商用としても通勤用としても高く評価したい。キックでの始動がまた軽いこと。
 左ウインカースイッチ、ハンドルロック一体化、セルスターター装備、燃料計の移動。これならスクーターから乗り換えても違和感は少ない。やっと一般の人にもお勧めできるカブになった。

 バックミラーはWAVE125iのものと異なりちゃんと後方が視認できる。カブのミラーは、どの角度から接触しても可動するので転倒してもめったに割れることがない。テールランプやウインカーも含めてマルチリフレクターになり、被視認性が向上している。ヘッドライトは光量30/35W。タイトコーナーが連続する夜間の峠道でもカーブの輪郭がなんとか掴め、照射力も90より向上しているが、まだまだ満足できるものではない。

 始動すればクルクルクルという懐かしいアイドリング音がした。スロットルを捻ると、とるるるうぃぃぃぃぃ〜〜んん、という90とWAVE125iを混ぜたような新しい音がする。リズムは軽い。
 90のプレスバックボーンは強固であるが振動を良く伝えるフレームであった。ハンドル・ステップ・シートから常時振動が伝わってきて快適と言える速度はせいぜい50km/hまでだった。110はグリップエンド(おもり)の装着、常用回転数の低下、フレームの変更で、各所からの振動を低減させた。(着座位置も数cm後退させたとのこと)90同様のシートにもかかわらず長時間走行がだいぶラクになった。4速70km/hくらいまでは快適だ。

 まったり流せばトコトコ言って適度な鼓動感を楽しめるが、ブン回してしまうとすぐにガサツな音になってしまう点が安っぽい。各ギアの最高速付近(特に2速50km/h超)はレッグシールドが激しく共振してやかましい。その振動までがプラスチッキーなのだ。

 取扱説明書によればギアごとの走行可能速度は1速=0〜30km/h、2速=0〜55km/h、3速=20〜80km/h、4速=30km/h〜、である。速度計の誤差は測定していないのと、わずかな勾配でも伸び方が大きく変わるので正確さは保証できないことをまずお断りしておく。85kgの負荷を掛けてスロットルを全開にしたところ、約100mで60km/h、250mで80km/h、450mで90km/h、1,000mで95km/hを確認した。平地最高速はほぼこのあたりだと思う。ほんのわずかでも下り坂であれば600mで100km/h、そのままメーターを振り切って102km/hあたりを表示する。負荷170kg(2人乗車)では平地なら約1,000mで83km/hを確認した(もう少し伸びると思う)。体感加速はWAVE125iアドレスV125(規制前)に及ばず、リード110、スペイシー100、トリートよりも速かった。

 110にリミッターはあるのだろうか?試乗期間中に一度だけギア抜けのような現象を体験した。アクセル全開で3速から4速にシフトアップしたら、いつもと異なる音がした。ちゃんと駆動伝達するが速度に比してやたらとエンジンが回り過ぎた。このときは95km/h付近で断続的なエンジンブレーキ現象が発生した。

 待望の4速化である。これによって巡航時のエンジン回転数が下がり快適で燃費も良くなった。登坂中の再加速もラクになったし、3速20km/h、4速40km/h位からスルスルと平地加速できるギア比のセッティングもいいと思う。90のスクーターに対する欠点と指摘していた機敏性快適性、もはや解除してもいいだろう。
 しかしミッションの完成度は90に及ばないと思う。発進停止を頻繁に繰り返す市街地走行では、わずらわしいと思う時も少なくなかったのだ。それはただ単にシフト回数が増えたからではない。1,500km試乗して様子を見たが、シフトチェンジのキレが90より悪いのだ。

 特に停止中のシフトダウンは何かが挟まっているような感触で一回の踏み込みに対してカチッ・カチッと二段階の踏み応えがある。初めのカチッだけではギアが下がってないことが多く2速以上で再発進してしまうことがある。ペダルを力強く踏んでもギアが全く落ちないこともある(後輪をちょっと動かせばOK)。これから一時停止をするという場面では、車輪が動いている間に(停止するまでに)1速まで落としておくか、車輪を完全に止めてから1速まで“シフトアップ”したほうが入りやすい。

 走行中のシフトアップも90の方がスムーズだった。90でシフトアップする際はアクセルを戻すと同時にペダルを踏み込み、ペダルを戻すと同時にアクセルを回す。無意識に操作してもシフトショックが出なかった。ところが110はアクセルを戻すと同時にペダルをしっかりと踏み潰しておき、ペダルを気持ち早く戻してからアクセルを回さないと微妙なシフトショックが出ることがある。

 一方で走行中のシフトダウンは90より綺麗に決まるようになった。特に4速から3速のキックダウンは、運転者にとっては皆無とも言えるシフトショックである。取扱説明書によればシフトダウンの許容範囲は4⇒3は80km/h以下、3⇒2は55km/h以下、2⇒1は30km/h以下となかなか広いが、110は3速30km/hから登坂加速できるほどトルクがあるので、キックダウンは4⇒3でほぼ足りる。3⇒2のキックダウンはよっぽど急ぐか、よっぽど速度が落ちたか、かなり勾配が増したときでないと必要ないだろう。たいていは3速のままグイグイ持っていける。

 110は発進用と変速用でクラッチを二段構造に分けている。クラッチ機構の違いがシフトフィーリングの違いをもたらしたのだろう。このキレの悪さではWAVEシリーズのギアポジションインジゲーターが欲しいという人も出てこよう。

 燃費は向上している。比較対象区間304.7kmを走行したところオドメーターは304.4kmになった。この区間の平均燃費は距離計の誤差を修正した後で63.6km/Lになった。
 平地と登坂を50km/hに、下りを60km/hに抑えて同区間を走行したところ修正後で75.6km/Lになった。負荷85kgでこの結果なら、体重の軽い人が最高の条件で測定すれば80km/Lも夢ではなかろう。走行距離の1/4は170kgの負荷を掛け、3/4は85kgの負荷を掛けた市街地走行では49.9km/Lになった。
 90と比べ、定速走行と市街地走行でわずかに向上し、クルマの流れに乗って距離を走ると差が大きくなることから、燃費向上の決め手は効果の高い順に、4速巡航時間の長さ>FI化>細いタイヤ、ではなかろうか。燃費だけを考えるなら、85ccのままFI化・4速化すれば更に良くなったと思う。そうしなかったのは90をFI化するよりもWAVE110iをカブ化するほうが安上がりだったのだろう。

 かつて90は普及タイプのスクーター(2st25km/L)よりも本体が安くてガソリンも半分しか消費しなかった。今の110は普及タイプのスクーター(4st35〜40km/L)よりも本体が高くてガソリン消費量も差が縮まっている。

 燃料タンク容量は4.3Lに増え、航続距離もちょい伸びた。ワンコイン(500円玉)給油できる絶妙な量だけど、通勤で毎日乗る人ならもう少し容量が欲しくなると思う。

 運動性能軽快になったとも軽薄になったとも言える。進化したのは制動力旋回性、退化したのは接地感直進性ではなかろうか。
 90の前輪(ボトムリンクサス)は、高い直進性とフラット感を持っていたが、ブレーキレバーを握ると車体が前輪によってつんのめるような安心感のない制動感覚だった。
 110ではフロントサスペンションをテレスコピックフォークに変更した。加えてフロントブレーキレバーの取付角度を浅くして握りやすくした。ブレーキレバーを握ると、フロントに荷重が移動するのがはっきりと分かる。90同様のドラムだが、90より制動フィーリング・初期制動力ともに向上している。乾燥路面で短制動を試してみた。後ろブレーキだけの場合はタイヤがロックして滑り出したが、前後同時の場合は後ろをうまく加減すれば滑らなかった。前だけ掛けてもなんとか滑らなかったのはテレスコピックの力である。90ではフロントブレーキ自体がオマケみたいなものだったが、110では安心して使えるものになっている。

 ただし絶対的な初期制動力は油圧ディスクに及ばない。先を急ぐ時はブレーキレバーに指を1〜2本かけ、つま先をブレーキペダルに乗せて空走距離を短縮しよう。

 更なる制動力をとフロントディスクブレーキを望む声もあるが、まずはタイヤを替えたほうがいいと思う。というのもカブシリーズのフロントタイヤはいかにも転がり抵抗を減らそうとした縦縞パターンである。しかも90サイズ(2.50-17 38L)から50サイズ(2.25-17 33L)にスリムダウンしている。油圧ディスクで急制動すればタイヤのグリップが先に負けてしまう可能性がある。実際、工事中で縦溝の入った路面で出くわすとハンドルがとられやすいし、フラットダートを徐行で直進中、制動してもいないのにフロントから滑り出すことがある。110はハンドルがやたらと軽く、フロントの接地感も異常に低い。フロントキャリア(オフ゜ション)に荷物を載せればいくらか落ち着きのあるハンドリングになった。

 フロントサスは路面の突き上げを素直に拾うので乗り心地は少し硬くなったと思う。リアサスも少し硬くなったようだが、そのことで踏ん張りが効くようになったと思う。110で最も向上したのはリアスイングアームの剛性ではなかろうか。単独乗車でステップ・スタンドを擦る寸前まで寝かせても捩れないし、170kgの負荷をかけても実に安定したコーナリングを披露する。この旋回性はもはやスポーツバイクのレベルで語れる。それだけに不相応なタイヤが余計に目立つのだ。

 パイプフレーム化はメットインスペースを設けるチャンスだったのだが、相変わらず収納スペースは設けていない。なんと車載工具(ドライバー1本のみ!)や書類を収納するスペースまで省かれている。(チョイノリかよっ)

 積載性はどうか。
 オフ゜ションとなったフロントキャリアは荷掛けフックが省略されたのでゴムロープで小荷物を固定するのがやりづらくなった。カゴや小箱を後付けすることを前提にしているようだ。そして荷台面積と耐加重は90と同じだが、骨組みを見るかぎりキャリア単体では以前より強そうに見える。ただし支持位置からして過積載はお勧めできない。フロントに5kg超の荷物を常時載せる予定があるならスーパーカブ110プロを選んだほうが良さそうだ。
 リアキャリアはフレーム直付けなので、90並の堅牢性を期待できそうだ。もっと積みたいならリアオーバーキャリア、サイドバスケット、ダブルシート用リアキャリアなどの頼りないオプションよりも、互換性のある110プロ用の大型リアキャリア(税抜12,800円)への交換をお勧めしたい。しかし、純正ピリオンシートをそのまま装着することはできないし、キャリア幅もプレスカブより3cmほど広がって、小柄な人を後席に乗せると股が広がりすぎてリアステップに足が届かなくなるおそれがある。また、キャリア形状も郵便向けのものであり必ずしも一般用途で使いやすいと言えるものではない。
 90ではバックミラーや前ウインカーの付け根あたりもコンビニフック代わりに活用できたが、プラスチックになった110では気が引ける。その代わり左グリップエンドと左グリップラバーの隙間をコンビニフック代わりに活用できる。

 ところで左の足元にある荷掛けフックは何に使うのだろう?コンビニフックにしては位置が低すぎる。試しにヘルメットを引っ掛けてみたが、顎紐のホルダーが奥まで引っ掛からず、車体の揺れでヘルメットが落ちてしまいそうだ。
 メットホルダーは取付位置が変わった。
 ひとつは、リアサスから離したおかげでジェット1個と半キャップ1個をなんとか共にぶら下げることができるようになった。でもその状態から解錠するときはヘルメットを落とさないように気をつけよう。カギが長くなって挿入し辛いのだ。
 もうひとつは位置が下がりすぎたのでピリオンステップを開いておかないとヘルメットが熱々のマフラーに触れてしまうことがある。そもそもメットホルダーをマフラーと同じ右側に付ける意味が分からない。110は左側から乗降するようにハンドルを傾ける方向もサイドスタンドも左側にしてある。それなら、メットホルダーも左側に設置しておけばヘルメット着脱のためにわざわざ右側に回り込む必要がなくなる。しかも、ヘルメットがマフラーに触れる心配もなくなる。収納できないにせよシート下にスクーターのようなメットホルダーを設けるとか、荷掛けフックを改良してメットホルダーに昇華させるとか、考えなかったのだろうか。荷掛けフックもメットホルダーも思考の跡が見られない。ここまでクドクド言うのは、ヘルメットが収納できない・うまく取り付けられないというだけでカブを諦める人が私の周囲にも少なくないからである。

 90に比べれば様々な点で進歩しているが、その長所はほとんどWAVEシリーズから持ってきたものであって110として新たになされた提案は何ひとつない。WAVEシリーズから見て羨ましいと思えるのは、荷台がしっかりしていること、荷物を降ろさなくても給油できること、カブっぽいデザインであること、くらいである。ギアポジションインジゲーター、シャッター付メインキー、フロントディスクブレーキ、シート下収納スペース、リアステップフレームマウントなど、機能的にはむしろWAVE110iから省略されたもののほうが多い。

 荷台の設置に伴ってフレームと外装を設計し、国内規制に対応させるためデチューンした。
 カブ90【全身進化】ではなくWAVE110i【半身退化】なのだ。悲しいけど110は引き算で作りあげたカブなのだ。

 しかも一般向けのスーパーカブ110でまず不具合(KB30)を洗い出し、メーカー自ら“予定していません”と回答していたスーパーカブ110プロを10月から発売するとは、ホンダもワルになったのう。爽快に走りたいならWAVEシリーズを、もっと積みたいなら110プロ、間に挟まれた110は益々中途半端なバイクになってしまった。強いて言うなら燃費に特化した特殊なモデルであり、その不足をユーザーの工夫で補ってはじめて完成するバイクである、と。

 110は今でこそ燃費王だが今後はどうなるのだろう。 短期で見ればCVマチックを搭載して、モペット化する可能性もある。ただし収納力のないモペットが日本で受け入れられるか疑問である。長期で見ればガソリンエンジンが廃れ、燃費の優劣に意味がなくなるかもしれない。先代カブシリーズのように50年かけて熟成されずに意外と短命で終わるかもしれない。

2009.10.30 追記/2009.10.5 記述

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