ホンダ・スーパーカブ
90DX

 長所:1運動性 2経済性 3整備性 4積載性
 短所:1機敏性 2快適性

 今回試乗したスーパーカブ90DXは、慣らし運転直後の05年以降のモデル。19年排ガス規制に適合しないキャブ仕様の最終モデルである。シリーズの50ccはPGM-FI(電子制御燃料噴射装置)に換装したが、90ccはキャブ仕様のまま生産終了となり、次期モデルはまだ発表されていない。

 スーパーカブのコンセプトは『楽に片手運転できる経済的な配達車』。低燃費・高耐久・安価な消耗品で、おそらく内燃機関を原動機とする乗り物の中で最も経済性が高いだろう。しかしそれ以上に誉めたいのは運動性である。片手で操縦できるほどの安定性はどのようにして得たのだろうか。

 ハンドル廻りが特徴的である。一直線に近いバーハンドルに、あえて手が届きにくいよう取り付け角度を下げたフロントブレーキレバー、そしてスロットルから手を離さずに方向指示するために右手上下スライド式ウインカースイッチを採用している。スロットル位置に応じていつもウインカースイッチが違う高さにあるので、これだけは慣れても使いやすいとは言えない。

 シリンダーを寝かせたエンジンを車体中央に、しかもスポーツバイクよりも低い位置にフレームマウントしている。そのクランクは前軸と後軸のほぼ中央に位置し、3点一直線に並んだジャイロ効果がもたらす直進性の高さは平均的なスポーツバイクを超えている。前後17インチホイールと合わせ、恐ろしく軽快に旋回する。乗降性を考慮して燃料タンクはシート下に配置した。ニーグリップできないにもかかわらず、片手で蝶々のようにヒラヒラとコーナリングできてしまう。こんな真似が出来るのは、カブとその類似品くらいだろう。

 ペダルシフト3速オートクラッチ。この変速操作も独特である。左足のペダルシフトと右手のアクセルワークをうまく同調させないとギクシャクしてしまう。しかしいったん慣れるとこれほど使える変速機はない。自動遠心クラッチによるイージーライディングとギア駆動ならではの力強さ・低燃費を両立している。ギアの数はわずか3つしかないが、その間隔設定は完璧である。

 1速はほとんど発進専用だが、2ケツで急勾配を上る時、Vベルト無段変速ではマネできない力強さがある。最高速は約25km/h(メーター読み。以下同じ)である。  2速は主に加速を担当するが、85kgの負荷を掛けても発進できるほどのトルクを持ち、低ミュー路発進でも重宝する。最高速は約50km/hである。  3速も亀のような発進であればなんとか可能である。平地なら20km/h(登坂なら40km/h)から実用的なトルクを発揮するので、坂がなければ走行時間のほとんどは3速である。最高速は約85km/hである。

 変速タイミングはMT車ほど自由ではない。アクセルOFFの状態でスムーズにシフトアップするなら、平地では発進直後と30km/h付近、登坂では20km/hと40km/h付近、1速・25km/hと2速・50km/hまで引っ張るのは勝負の時だけでいい。アクセルOFFでのシフトダウンは3速⇒2速は20km/h以下、2速⇒1速は停止寸前がギクシャクしない。

 ある程度慣れたら3速⇒2速へのキックダウンも試してみよう。アクセルONのまま躊躇わずにペダルを後方に蹴っ飛ばす。文字通りのキックダウンである。シフトダウン直後に回転が跳ね上がってびっくりするが、躊躇って途中でアクセルを緩めるとかえってギクシャクしてしまう。変速タイミングは平地なら20〜50km/hと広いが、登坂だと40〜50km/hの範囲に限られる。なぜなら3速での登坂は40km/h以上でないと力が充分に出ないし、2速は50km/hまでしか伸びないからだ。登坂中の再加速が辛い。峠道では2速では回しすぎ3速では力不足という状況が頻発する。運動性は高くても、速く走ろうとすると、機敏性でスクーターやスポーツバイクにかなわない。

 下り坂ではアクセルをオフにした時の速度をほぼ維持してくれる。どんなに急な下り坂でもスロットルを戻していれば1速20km/h、2速40km/h、3速60km/h以上の速度は出にくい。各ギアで有効にエンジンブレーキが機能する。

 幹線道路を延々と走るならこの3速では物足りない。しかし発進停止の多い市街地走行では多段化がかえって面倒になる。手動クラッチでないから4速⇒2速のような飛び越し変速ができないからだ。カブ90は停止時なら3速からいきなりニュートラルに“シフトアップ”できるので、トップから1速までは、3⇒N⇒1とシフトアップするか、3⇒2⇒1とシフトダウンするか、どちらの方向でも2回の操作で済む。

 これがホンダ・CT110カワサキ・KSR110だと、トップからだと4⇒3⇒2⇒1と必ず3回戻さなければならない。戻しすぎてニュートラルで空振らないよう今何速なのか頭の中で把握していなければならない。カブ90は間隔が開いた3速なので、スロットルレスポンスで今何速なのかすぐに分かる。頭の中で把握するのは次の配達先である。

 カブシリーズで唯一、走行中にも3速⇒Nに飛ばせるのがプレスカブである。この状態でさらに連続してN⇒1へシフトするとエンジンを痛めてしまう。チェンジミスをしないだろうというライダーへの信頼。50ccではあるが、プレスカブこそカブシリーズのフラッグシップではなかろうか。

 カブ90の出足は遅い。はじめの一歩だけは50ccを含めてほとんどのバイクに負けてしまう。アクセル全開で加速したところ、約150mで60km/h、約250mで70km/h、約400mで80km/h、約800mで平地最高速の86km/hを確認した。(下り坂は90km/h)。2ケツしても80km/hを超える。最も快適なのは3速50km/h付近。それ以上はスクーターよりも騒々しくなる。

 比較対象区間304.7km のメーター値は296.4kmで距離計の誤差はマイナス2.7%になる。比較対象区間の平均燃費は修正後で56.8km/LアドレスV125にもエイプ100にもWAVE125?にも負けなかった。市街地区間でも50km/Lに近い燃費になった。かつて私も3年半所有していたが、やはり年間平均で50km/L走った。4ストロークの85ccがなぜこんなにも軽快に回り、力強く走り、そしてガスを喰わないのか。HA02は消費燃料あたりの動力性能で市販車最強のエンジンかもしれない。

 なぜカブ90はツーリングでも市街地でも燃費がそんなに変わらないのだろう。市街地走行は確かに発進停止が多いが、走行時間のほとんどは3速である。加速にも減速にも十分なトルクがあるのは3速50km/h。これは市街地走行の平均速度に近い。一方でツーリングでは周囲の流れに乗るためにかなりの高回転をキープしなければならない。エンジン音からして50km/hから先は明らかに高回転域という感じである。発進停止のロスがなくても高回転を多用すれば、同様にガスを喰うということなのだろう。

 制動力。98年式でフロントドラムを大きくしたが、相変わらず急制動してもジワ〜という鈍い効き方である。比較対象区間には路面の濡れた峠道もあるが、全く滑らなかった。燃費重視のフロントタイヤがスリップしないよう制動力を抑えているのだろう。制動が弱く感じるもうひとつの原因は、フロントダイブしないからだと思う。テレスコピック式Fサスを採用する一般的なバイクだと制動時に荷重移動して車体が前傾するが、カブのボトムリンク式Fサスはフロントを制動すると車体を持ち上げようとする力が働く。前傾と持ち上げが相殺されて車体はほぼ水平を保つ仕組みになっている。これも片手運転の安定性を考えてのことだろう。

 走破性も高い。後輪に縄を巻いただけでも新雪20cmくらいまで行ける。低重心設計がここでも役に立つ。スノータイヤチェーンも販売されているので、路面が凍らない限り、ジャイロシリーズの出る幕はない。

 整備性もいい。点火プラグ、バッテリー等の交換も非常に楽だ。タイヤもなんとか腕力でホイールから外せる。消耗品はどのバイク屋でも早く安く手に入る。ライトは30W。暗いなりにも左右の端をきちんと照射している。アドレスV100のようにただぼんやりと光っているわけではない。

 積載性は高い。標準リアキャリアの面積はジャイロXほど大きくはないが、ゴムバンド・ロープで荷物を固定するだけでなく、BOXの後づけも容易で積載の自由度が高い。インナーラックもあるし、大きめのビニール袋であればミラーやウインカーの付け根もコンビニフック代わりになる。ただし、センタースタンド、サイドスタンド、共に安定感に乏しいので、重量物を積む機会があるならプレスカブ用のサイドスタンドに付け換えたほうがいいかもしれない。

 積むのは得意だが、フルフェイス・ジェットヘルメットなどの収納ができない。フロントカバーの内側左下にあるフックも、リアキャリア付け根にあるメットホルダーも、ほとんど半キャップしか引っ掛けることができない。フロントキャリアも単体では飾り物に等しい。キャリアの位置をもう少し下げて水平にしないと、BOXを付けたときヘッドライトが隠れてしまう。現状では小物をくくり付けるか、カゴを付けるか、荷物を濡らしたくなければ更にカバーとサブライトまでいっしょに取り付けるしかない。
一方で標準リアキャリアにBOXを直接取り付けると2ケツできなくなる。かといってプレスカブ用大型リアキャリアに純正ピリオンシートは付かない。純正どうしの組み合わせでは積載と2ケツの両立が難しい。私は仕方なく大型リアキャリアに簡易な自作リアシートを付けていた。

 カブ90の乗り心地は硬い。リムスポークホイールは少しでも乗り心地を改善しようとするものであろう。以前はフレームに直接シートを取り付けていたが、現行モデルはフレームとシートの間にゴムを咬ませ、シート自体もクッションを改良して尻に伝わる振動を減らした。エイプ100より若干マシなシートだったが、長時間走行では尾骶骨が痛くなり、ときどき尻を休ませる必要はある。

 居住性。運転席の着座姿勢はおおむねよろしいが、足の折り畳みが若干きつい。170cmない私でさえそう思うのだから適正身長は165cm以下としておこう。足付きが良すぎるのも頻繁な乗降を想定しているからだろう。意外と2ケツも得意である。標準リアキャリアの上に純正ピリオンシートを設置できるし、互いの足が干渉しにくいステップの位置。前後17インチの安定感。トルク重視のエンジンとギア駆動により、動力性能の落ち込みが少ない、と運転する側にはいいが、、、。

 後席は、スペース的には充分。リアキャリア前端がタンデムバー代わりになるが、運転席ともう数cm離せば同乗者の手がもっと楽に入る。リアステップはリアスイングアームに設置されているので、後輪から受けた衝撃の一部を同乗者が負担することになる。変速ショックと振動からも後席に乗せた女性の評価はあまり高くなかった。

 スーパーカブ90は今時のスクーターと比べると質実剛健すぎる。メリットはそのままに、もう少し快適性に振ったモデルが欲しければタイホンダ・WAVEシリーズなどいいだろう。

2008.11.3 更新/ 02.1-01.2-00.7 追加訂正/ 1999.12 記述

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