ホンダ・ディオ110

 長所:1価格 2バランス 3後席乗降性 4静寂性(ディオ)
 短所:1フロアステップ幅 2メインキー 3質感 4登坂力(ディオ)

 ホンダは2011年7月から中国製スクーター:ディオ110を日本に輸入開始した。今回試乗したのは日本国内向けのディオ110(NSC110WHB)と現地仕様のブリーズ110(WH110-T3)である。特に断りのない限り両者に共通するコメントである。

 外観はEUで人気の高いハイホイールスクーター:ホンダSHシリーズに似ている。ヘッドライトはハンドルにマウントされ、ウインカーはボディ側に独立している。装備は見てわかる範囲でも異なる点がある。
 ブリーズ110は、ライトスイッチ、ポジションランプ、サイドスタンド、車載工具を標準装備し、燃料キャップを紛失しないようタンクとリンクしており、PGM-FI/コンビブレーキ立体シールが貼ってある。
 一方のディオ110は、電子制御燃料噴射方式でありながらバッテリー切れでも始動可能なキックスターターと、ミッションケースカバーを装備する。

 動力性能と燃費にも違いがあった。

 まずはブリーズ110

 85kgの負荷をかけて平地でアクセルを全開にすると約100mで60km/h、300m弱で80km/h、700m弱で90km/h、そして約1,000mで平地最高速は94km/hを確認した。下り坂では98km/hまで確認できた。(全てメーター読み)

 動力性能はクラス平均よりやや劣るものの、発進から60km/hまでの常用域でストレスを感じない程度の加速力は備えている。また、クラッチが完全に繋がるかどうかという極低速域においてイライラしないアクセルワークが出来るのも特徴的である。
 静寂性はPCX(タイ、日本双方)やリード(110、EX)そしてアドレスV125(K9以降)にも及ばない。今まで取り上げたスクーターのなかでは、動力性能そのものはリード(110・EX)に近いが、エンジン音質や駆動系の騒音なども含めた総合的なフィーリングではどちらかというとスペイシー100の方に似ていた。スペイシー100のレスポンスとパワーを少しだけ向上させるとこうなるかなという感じである。

 比較対象区間304.7kmを走行したらオドメーターは300.0kmを指した。距離計にマイナス1.5%の誤差があるとするならば、その区間の平均燃費43.2km/Lになった。市街地区間の燃費は40.9km/Lになった。PCXより明らかに劣り、アドレスV125Sよりわずかに劣り、トリートやリードとほぼ同じ燃費となった。燃料タンクは5.5L入るので、大人しく走れば200km程度航続できる計算になる。

 次はディオ110

 同じく85kgの負荷をかけて平地でアクセルを全開にしたところ約150mで60km/h、約350mで80km/h、500m強で85km/h、700m強で90km/h、約1,000mで平地最高速の94km/hを確認した。下り坂では98km/hまで確認できた。進行距離ごとの到達速度ではブリーズ110に負けるが、平地最高速はほぼ変わらない。極低速域におけるアクセルワークもブリーズ110同様ストレスフリーである。

 違いを感じるのは中間加速登坂力である。ディオ110はアクセルを全開にしてももっさりしていて40〜60km/hは明らかに加速が停滞している。60km/hを超えたあたりで再び元気が出てきてじわじわと速度を伸ばしていく。そして坂道をアクセル全開で発進した際の登坂能力である。ブリーズ110で60km/h出る上り坂でディオ110は50km/hしか出なかったりする。勾配の強い一般国道で単独乗車でありながら制限速度にすら届かないこともあった。

 過去のインプレを見ると進行距離ごとの到達速度はなんとヤマハ・アクシストリートにも負けている。ただし、ディオ110の方が出足の一瞬はトリートより強いので、市街地戦ではディオ110の方が有利かもしれない。幹線道路や登坂の多いところならどちらを選ぼうとストレスが溜まるだろう。

 このようにディオ110の動力性能は現行モデルにおいてクラス最下位になる可能性がある。その一方で静寂性はすばらしい。水冷エンジンでもないのにPCX(国内)やリードに次いで静かで変速も滑らかである。ディオ110に乗った後にブリーズ110に乗ると騒音・振動もさることながらエンジン回転までザラついているように感じてしまうほどだ。

 比較対象区間304.7kmを走行したところメーターは301.8kmを示した。距離計にマイナス0.95%の誤差があるとするならば、その区間の平均燃費は47.7km/Lに修正される。流れの良い市街地走行で50.7km/Lという数値が出たこともある。総じて燃費性能はリードやブリーズ110以上でPCX未満となるだろう。

 以下はディオ110、ブリーズ110に共通する。

 乗り心地は少々硬い。路面からの衝撃をわりと素直に拾ってしまう。アドレスV125(〜K9)ほどではないが、視線が常時上下に揺さぶられる感覚があり、低速でも高速でもわずかな不快要素から抜け切れず、常に体が緊張しているのが分かる。同じホイールサイズでもPCXに比べて明らかに乗り心地が劣る。

 運動性能は良くも悪くもない。14インチホイールを採用しているので、さすがに車体そのものの直進性はいい。横から吹き荒れる強風に対する抵抗力は10インチホイールモデルよりも格段に良かった。しかし旋回性はクラス平均に留まる。
 その理由のひとつは動力性能である。低速からガバっとアクセルをひねった時にブリーズ110は“いささか”パンチが足りない。ディオ110の場合は“かなり”足りない。コーナーからの立ち上がりで低回転から力が出るか否かというのはとても大切な問題である。
 もうひとつの理由は車体剛性である。巡航中にハンドルを強く前後させるとアドレスV125ほどではないが、わずかに変形する。やっぱりフラットステップなスクーター=フレームが立体構造でないスクーターに強い剛性は期待できないのだろうか。後述するステップ幅・着座姿勢細いタイヤと相まって派手に寝かせてコーナリングしようという気にならない。旋回性は直進性の良さのお釣りで楽しむ程度にした方がいいだろう。

 標準装着されていたタイヤはチェンシンタイヤ=CST:C-922だった。サイズはF=80/90-14、R=90/90-14。でPCXよりさらに細い。短制動を試したところ、乾燥路面ではフロントブレーキレバーのみで制動しても、リアブレーキレバーのみ(フロント1ポッド連動)で制動しても車輪がロックしなかった。一方、WET路面ではフロントブレーキレバーのみで制動しても車輪がロックせず、両方で制動してもリアブレーキレバーのみ(フロント1ポッド連動)で制動しても停止直前でわずかに後輪が滑るだけで無事停止した。左右ブレーキレバーを強く握って後輪が滑り始めたら左レバーを緩めるという使い方でいいだろう。PCXの標準タイヤより雨天時の安全性はずっと高い。

 しかし、グリップが良くてもタイヤ形状そのものでアウトになってしまう状況にも遭遇した。凍結防止対策として縦縞模様の溝が路面に掘られている所がある。細いタイヤのバイクで走ると前後タイヤが別々のタイミングで溝に噛み合うから、乾燥路面でも気分が悪い。比較対象区間には山頂のトンネル内がそういう路面で、雨が降ると路面がツルツルになってしまう所がある。前後輪ともに不規則に小刻みに滑り出すものだからコントロールが全く効かず、肝を冷やしたのは、PCXもブリーズ110・ディオ110も同様である。

 居住性
 運転席はフロアステップの幅が狭い。しかもフロアが先端に行くほど狭くなっていて、まるでトゥデイやリード(EX・110)のようである。しかもフロアの前後長も短い。170cmない私が普通に着座しても踵(かかと)はなんとかフロアに収まるが、つま先は開いてしまって完全に宙に浮いている。靴裏の面積でいうと半分は宙に浮いてしまう。長時間走行では股が広がって足がフロアから落ちないように緊張していた内股が若干の疲労を覚えた。
 にもかかわらず大きな不満にならないのは、フロアが車軸に近いところまで下げられていて、シートも高めにとってあり、膝を落として楽に座れるからである。フロアが高いスクーターだと足を前に投げ出さないと体が安定しないが、ディオ110/ブリーズ110のようにフロアとシートに充分な高低差があると足首が直角以下になる(足を前に投げ出さない)着座姿勢でも体はとりあえず安定する。ホンダ・@125/150やSHシリーズもその手法である。ただ、ディオ110/ブリーズ110のようにフロア幅が狭いとスクーターというよりモペットに近い着座姿勢と言えるかもしれない。見た目には窮屈そうな足元だが、もう少しフロア幅さえ広げてもらえれば、着座姿勢はむしろ長所に挙げてもいいくらいだ。

 シート表皮は見た目には安い素材だが、グリップは悪くない。シート厚は薄めで長時間走行ではケツが少々痛くなるが、信号停止中に時々立ちあがってケツを浮かせばすぐに痛みが取れた。長時間走行で腹や腰が疲れなかったのは、膝を落として座れるので腹や腰が緊張しないからである。

 高めのシートにかかわらず両足ともに靴裏全体が地面にべったりと付き、すりぬけも結構強いのは、フロア幅が狭いからである。ただしタイヤが細すぎるし、カブ等のタイヤと比べフロントタイヤ表面が硬いので路面の縦溝には弱い。あまり調子に乗ってすりぬけるのはお勧めしない。フロアステップの前半を広げても足付き性やすりぬけ戦闘力を犠牲にすることなく着座姿勢を向上させることができると思う。

 後席収納式ピリオンステップを採用している。その取付け位置が良いことと、ゴムラバーでカバーしているために後席乗降性がとても良く、走行中も停止中も運転者と足が接触するストレスがほとんどない。同乗者の着座姿勢も無理がない。惜しむべきは後方にいくに従って狭くなるシート幅と、薄いクッションが長時間の快適性まで保証できないことだ。同乗者はリアキャリアが掴める。順手でリアキャリアの両サイドを握るよりも逆手でケツ付近を両手で押さえた方がキャリアに深く手が入るし、自らの腕が背もたれ代わりになって安定すると思う。前後席ともにシートの幅と厚みがもう少し増せばもっと快適になるだろう。しかしPCXやリードに比べれば、足付き性、着座姿勢、シート下の収納力、この3点のバランスは良く出来ていると思う。

 2人乗りすると動力性能がかなり落ちるので常時全開での運用となるであろう。また、操縦性向上のためにフロア幅を広げてほしいと単独乗車時よりも強く思った。

 積載性
 コンビニフックは乗降の妨げを考慮したためか、小さいフックが遠慮がちに付いている。文字通りコンビニの袋が下げられる程度と思った方がいい。公式サイトでも“袋かけに便利”との珍しく低姿勢な表現を用いている。
 荷台面積の狭いリアキャリアだが、後半部分にフックが付いているのと、スタンドがけで握るであろう先端部分にもネットを引っ掛け易く、後席からリアキャリアにまたがってある程度大きな荷物をゴムネットで固定することができる。また、キャリア上に4箇所の穴を穿孔してBOXの装着に配慮している。
 足元はフラットだが、いかんせん面積が足りないので登山用の30Lザックなどコンビニフックに引っ掛けようものなら完全に足の置き場がなくなってしまう。

 収納力
 インナーポケットは左右独立しているので、大きなもの、長いものは入らない。右側はメインスイッチに押しやられ、丸めたグローブくらいしか入らない。左側は600mlペットボトルやぐるぐるに巻いた薄いカッパ下ぐらいなら入った。
 メットインスペースは、Mサイズのジェットヘルメット:SZ-RAM3を前向きにすると収納できた。但し、トランク内部がぽっこり隆起しているので、インナーパットが少し押されている感はある。SZ-RAM3の突起部はシート裏のスポンジ部分に丁度重なるので、ヘルメットを収納した状態で着座するのは、良くないのかも知れない。

 次にMサイズのジェットヘルメット:MZを前向きにして、頬パッドを圧迫させて押し込んでみたが上の画像のようにシートは浮いてしまう。この位置から強引に押さえ付ければ辛うじてシートは閉まったが、そこまでヘルメットに負荷を与えるようでは“収納した”とは言えない。MZ/MZ-F、フルフェイスをお持ちの方は必ず購入前にチェックしておきたい。

 プラスチックの突起を2本立ててメットホルダーとしている。SZ-RAM3は上向きでも引っ掛けることができたが、MZは下向きにしないと引っ掛からなかった。下向きにしておくとヘルメットの内装が雨でびしょびしょになってしまう。MZは顎の部分を延長したことでかなりバイクを選ぶヘルメットになってしまったようだ。アドレスV125のように横に寝かせて収納するタイプだとエアインテークやチークガードの形状を選ばないのだが。

 操作性その他。
 最近のスクーターの中では大変珍しく、メインスイッチ操作でシートを開けることが出来ない。給油時や荷物を出し入れするときはメインスイッチからシート左側にいちいちカギを刺し替えなくてはならない。しかもシート側にはキーシャッターが付かないから貴重品を収納した状態でその場を離れるべきでない。かつてはそれが当たり前だったし、慣れの問題だが、カギの刺し替えを強いる唯一の国内原二スクーターとなってしまった以上は短所として挙げざるを得ないだろう。

 ウインカースイッチ(下)とホーンボタン(上)の位置関係はPCXに準じている。やはり左方向指示が私には遠く、ブレーキとホーンの同時操作もやり辛いので、個人的には従来の位置に戻して欲しいと思っている。上のスイッチを操作する瞬間は親指が浮いてしまい握力は半減する。下のスイッチなら親指を浮かさなくていいので押しながらでも力強くブレーキレバーを握ることができる。だからこそ緊急時に併用する可能性が高いホーンボタンを下に、予告装置としてのウインカースイッチは上に設けるのが正しいと思う。長年の慣例を捨ててウインカースイッチとホーンボタンの位置を交換しなければならなかった理由を、是非とも設計者にお伺いしたい。

 ヘッドライトはマルチレフレクター式のレンズでカバーされた35/35Wバルブがハンドルにマウントされている。ロービームだと足元から路面の下まで照らし、ハイビームは足元から真正面を照らし、峠道の輪郭が掴める程度の照射力はある。ハイビームでもコーナー直前の足元を照らしてくれるので、タイトコーナーが連続する暗黒の峠道ではずっとハイビームで走り続けた。霧が立ち込めれば光が拡散しにくいロービームの出番だが、それ以外は常時ハイビームにしておきたいと思った。クルマによる突然の車線変更を牽制するために昼間にすりぬける際にもハイビームをお勧めしたい。

 ブリーズ110はウインカーの目頭にポジションランプを内蔵して被視認性の向上を図っているが、ディオ110では省かれた。ディオ110の正面からの被視認性はリードにもPCXにも劣り、アドレスV125やトリートと同レベルである。

 バックミラーは曲面の写りに不満はないが、長時間走行すると徐々に動いてしまい、時折ミラー位置を直さなければならない。そんなところでも純日本製の頃と比べて個々の部品精度が落ちていることが分かる。フロアステップのボルトがむき出しになっていたりと、このスクーターの質感はすっかりスズキのレベルになっている。

 さてブリーズ110ディオ110のどちらを選ぼうか?
 はっきり言って動力性能はブリーズ110を持ってしてもギリギリ我慢できる範囲である。強いて言うなら登坂力・中間加速ブリーズ110静寂性燃費のディオ110となる。双方を販売する某ディーラーでの店頭価格は2万円ほどブリーズ110の方が安かった。ディオ110には2年のメーカー保証が付くが、ブリーズ110には付いたとしてもディーラー独自の1年保証である。ウェイトローラーは部品としては安いので、選択の決め手はキックスターターの必要性ではなかろうか?キックスターターは乗車頻度の少ない人にこそ必要だと思う。

 スーパーカブ110で実験したところ、真冬に一カ月放置したらセル始動が不能になりニュートラルランプすら点灯しなくなった。30回キックしたらエンジンが始動して、その後はずっとセルで始動できるようになった。ディオ110にも同様の始動能力があるのなら、週に一回あるいは月に一回しかバイクに乗らないとか、ましてや冬季は一切バイクに乗らない方ならキックの世話になる機会は必ずあると思う。
 反対に毎日バイクに乗るなら日々セルの回り方を確認しているわけだから始動が遅れてきたらバッテリーを再充電するなり交換してしまえばいい。しかも始動するまでライトスイッチをOFFにしておけばバッテリーへの負担が減るからブリーズ110の方がバッテリーは長持ちするのではないか?私の経験では始動時にライトスイッチをOFFにするだけで、7年間もバッテリーが持ったことがある。

 舗装率の高い日本で普及クラスのスクーターに14インチホイールを履かす必然性はないと思う。運動性能を追求するなら12インチくらいでも、もう少し太いタイヤを履かせた方が轍・縦溝での安定性も高まるし旋回性も向上する。そして足元やシート下の空間も広げることができたと思う。トリートやアドレスV125(K9廉価版)などにお客さんを持って行かれないよう海外で作った安い14インチモデルを日本に持ってこよう。メーカーにとってはそれだけの企画だと思う。それでもユーザーにとっては実用性・安全性ともにPCXより優れていて値段もずっと安いのだから有難い。トリートやアドレスだけでなく身内のPCXやリードもかなり喰われそうだ。オーソドックスなデザインと値段の安さで買われ、モアパワーを求めて後々社外パーツで改良していく。そういうスクーターだと思う。

2011.8.21 記述

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