ベトナムホンダ
PCX
ELECTRIC

PCX(JF81)と比較して
 長所:1 静粛性 2 極低速域の操縦性
 短所:1 動力性能 2 収納力 3 ハンドルの振れ 4 航続距離

 今回試乗したのは2018年11月に登場したPCX ELECTRIC(以下EF01という)である。48Vリチウムイオンバッテリーを2個直列にしてモーターで駆動する純粋なEV車である。ガソリンエンジンのみで駆動するPCX(以下JF81という)、48VリチウムイオンバッテリーとACGスターターでエンジンをアシストするPCX HYBRID(以下JF84という)の3兄弟をまとめて以下PCXという。
 EF01運転席シート表皮のデザインは若干異なるが、着座姿勢座り心地足着き性など全てJF81と同じである。コメントを省略した項目についてはJF81のページをご参照下さい。

 

充電について

 充電方法は2通りある。ひとつは動力用バッテリーは車両本体に搭載したままで、給電リッド(≒給油口)から伸ばした充電ケーブルを直接コンセントに繋いで充電する方法(以下、直接充電という)。もうひとつは、車両本体から取り外した動力用バッテリーを、コンセントに繋いだ専用充電器にセットして充電する方法(以下、充電器使用という)。

 充電時間直接充電なら6時間、充電器使用なら1個あたり4時間を要するとあるが、本当に4時間ぴったりだった。専用充電器は動力用バッテリーの数に合わせて2台付属しているので、専用充電器を2台同時に用意できれば4時間で済むが、1台しか用意できないと合計で8時間かかる。それもほったらかしにできる8時間ではなくて、途中で2個目のバッテリーにセットし直さなくてはならない8時間なので、1日8時間睡眠をとる人は寝る前にセットしただけでは翌朝には片方しか充電されていないことになる。こんな事をわざわざ説明するのは、車体側の充電ケーブルは1m位しかないので、迷惑性や防犯性を考えると直接充電は事実上、戸建て居住者か、ベランダの外側にバイクを駐輪できるという条件の良い集合住宅の1階居住者に限られてしまうからだ。上階居住者の私は直接充電を諦め、専用充電器を1台お借りすることになった。

航続距離について

 単独乗車で60km/h定地走行すると41km航続できると公表されているが、市街地を交通の流れに合わせて走行したところ、実際は公表値以上の50km走行できた。ガソリン車で言うところの燃料計動力用バッテリー残量表示灯とホンダは呼んでいるが、長いので以下電量計と呼ぶ。電量計はデフォルト状態ではセグメント(目盛り)で10段階、%数字で100段階、同時に表示している。数字で100〜90%ならセグメント10個、数字で89〜80%ならセグメント9個と両者は完全に連動している。数字で100%と表示しているのは充電直後のみと思って差し支えない。少し動けばどんどん数字が減っていくので結構焦る(笑)。数字を消したい人のためにメーターパネル右側のSETボタンを押すと電量計の表示内容を以下のようにループ変更できるようになっている。

1 前後どちらか残量が少ない方のバッテリーのセグメントだけを表示
2 前後どちらか残量が少ない方のバッテリーのセグメントと数字の両方を表示(デフォ。残量が19%以下になると自動的に2に切り替わる)
3 前側バッテリーのセグメントと数字の両方を表示
4 後側バッテリーのセグメントと数字の両方を表示
 ざっくばらんに言うとセグメントは4km走行するごとに1個減り、数字は400m走行するごとに1%減る。アクセル全開で登坂すると倍のペースで減る。セグメント/数字ひとつあたりの電力消費量・走行可能距離は非常に規則的で、その点はさすがリチウムイオンバッテリーである。ガソリン車の燃料計より信頼できる。

 セグメントが2個(数字で19%以下)になると電量計が点滅して充電を促される。数字が0%になってからも何kmも走行できる。ただしいずれ鈍亀マーク(メーカー呼称:出力制限状態表示灯)が点いて徐々に速度が出なくなってくる。この鈍亀マークは動力用バッテリーの低温時・高温時やパワーコントロールユニットもしくはモーターの高温時にも登場する。先ほど50km走行できると言ったが、満タンから鈍亀マークが点灯するまでの距離である。電量計が点滅してからが長いので、精神衛生上は40km程度で切り上げた方がいいだろう。

動力性能について

 発進加速EF0175kgの負荷を掛けて平地でアクセルを全開にするとGPSは次の速度を表示した。100mで44.5km/h、200mで58.5km/h、300mで64.3km/h、400mで65.5km/h、500mで66.0km/h、その直後に平地最高速の66.2km/hを表示した。GPSが65.1〜66.2km/hの範囲でEF01のメーターが平地最高速72kmを表示するので、速度計の誤差は(72-66.2)/66.2=+8.8%から(72-65.1)/65.1=+10.6%の範囲にあると思われる。ちなみに下り坂ではもう少し伸びる。モーター駆動車はエンジン駆動車と比べるといきなりトルク全開になる長所がある反面、回せば回すほど苦しそうな音がする。この唸り具合からするとメーター読みで平地50km/hくらいまでがスイートスポットだと思う。

 同じ日に同じ場所でJF8175kgの負荷を掛けて平地でアクセルを全開にするとGPSは次の速度を表示した。100mで54.6km/h、200mで72.3km/h、300mで80.6km/h、400mで86.1km/h、500mで91.4km/h、600mで94.8km/h、700mで97.0km/h(メーター読み103km/hで瞬間誤差+6.2%)、その後も伸び続ける。発進から30秒までの到達速度をグラフにしたのでご参照下さい。(縦軸=km/h、横軸=sec) 発進から数秒はGPSがきちんと同期しているのか怪しいけど、未修正のままPDFにしています。

 登坂性能は6%の勾配でもメーター読みで50km/hくらいまでは伸びる。ただしわずか400m程度のアクセル全開登坂でも電圧計の数字が2%も減少したのには驚いた。

 4st50ccスクーターよりはキレがあるけど2st50ccスクーターほどのパンチはない。原付二種スクーターを引き合いに出せないのは、回すほどに重くなるスロットルグリップが非力感を醸し出すのと、最高速の頭打ちが早いからである。EF01の動力性能は4スト50ccエンジンで喘いでいるジャイロキャノピーには理想的だが、PCXには相応しくない。

 モーター駆動車だけあって静粛性は素晴らしい。アイドリングストップ中のJF81の無振動と静寂が、走り出しても続くのである。ただし、速度を上げるに従ってモーターの音と回転振動はそれなりに大きくなっていく。

 スロットルを戻したときの回生ブレーキの効き方が弱いのは私好みである。日産で言うところのワンペダルドライブに慣れてしまった人はお気に召さないかもしれない。EF01の動力性能は原付二種としては物足りないが、スロットルの回し方に対するトルクの出し方、減らし方は上手く出来ていると思う。ただし発進の際にクラッチジャダーみたいにギクシャクするEV車ならでは癖はあるので、それを無くせたらスロットルワークに関しては完璧だと思う。

運動性能について

 運動性能PCXらしく良好。走行中にわざとハンドルだけを左右に振ってもバイクが抑えようとするし、腰を振ってのスラロームも思い通りのラインを描ける。EF01は動力用バッテリー2個を縦置きするためのスペースを設けるためにホイールベースが延長されている。ホイールベースを延長すれば直進性が高まって反対に小回りが効かなくなるのが一般的だが、EF01JF81よりも極低速域での小回りも優れるし、中速域までの直進性も良いと私は感じた。

 ハンドルロックするくらいの切れ角でメーター読み5km/h位でクルクル足を着かずに回ってみた。この速度域だとJF81(に限らず大抵のスクーター)はトルクの立ち上がりとクラッチの繋がりが上手く協調できず車体を前後に揺らす挙動が出ることがある。それを抑えつつ綺麗に回るために左ブレーキレバーを握りつつスロットルを多めに回す必要があった。同じ小回りをしてもEF01だとほとんど左ブレーキレバーもスロットルも調整することなく一定の速度でクルクル回ることができた。EF01は極低速域での操縦性がJF81よりかなり優れている。そのためにホイールベースが長いにもかかわらず小回りしやすい。

 逆に直進性の有利さは中速域までと感じた。それはEF01の頭打ちが早いのと、JF81は回すほどに強くなるジャイロ効果を味方に付けるからだと思う。

 後輪のバネ下重量はEF01の方がJF81より軽いと思う。路面の凹凸を通過したときの衝撃も少ないし、乗り心地EF01の方が少し良いと感じた。

 気になる事にEF01は前輪ブレが発生する。走行中にハンドルから両手を離してメーター読みで53km/hぐらいまで減速したあたりから前輪が左右にブレ出すのだ。結構大きなブレだが、一定以上には増幅しないし、かといっても停止寸前まで収束する気配もない。はじめは約7kgある充電器をリアBOXに積んで重心を散らかしたのが原因かと思ったが、空荷でも発生するし別の車体でも発生したので、これが“標準仕様”のようだ。おそらく延長したホイールベースとキャスター角・トレール長が合っていないのだろう。ちなみにEF01のハンドルグリップエンドはJF81より短いものが付いている。両手を離した際にしか発生しない現象なので大きく批判するつもりはないが、PCXの名を汚す現象なので、次年度モデルでは克服して欲しい。

制動力について

 EF01のブレーキは前後非連動で前のみABS(Anti-lock Brake System)が作用する。今回比べたJF81は左レバーで前後が連動するCBS(Combi Brake System)を採用していて、比較することができた。

 EF01で左レバーのみ強く握ればDRY路面であっても後輪がロックして滑る。しかしミシュラン:CITY GRIPの滑り方が穏やかなので恐怖は感じない。WET路面では滑り出しがDRY路面より早く、滑り出す直前のスリップ音もほとんど聞こえなくなる。JF81WET路面でさえなかなか前後輪がロックしなかった。

 EF01の右レバーのみを強く握るとDRY路面ではよほどの高速域からでない限りタイヤのグリップとフロントサスのストロークで吸収してしまうのでABSは作動しなかった。WET路面ではNMAXとよく似た作用の仕方で、前輪が滑り出すかどうかというタイミングで小刻みにキックバックするか一気にブレーキレバーを弾いてくるかのどちらか。更に雨降りしきる砂利道でも強行したところ、ABSが作動する直前に前輪がもう滑り出していた。砂利道で無効ということは更に条件の厳しい凍結路面ではABSは全く役に立たないだろう。

 EF01(ABS)とJF81(CBS)を乗り比べた結果、舗装路の直立直進状態で制動するぶんにはCBS仕様の方が安全だなと感じた。咄嗟の時に左レバーしか間に合わなかったときに前輪もいくらか制動してくれるからである。前輪と後輪の制動力を自分で加減したい厳しい条件でならABS仕様の方が安全だと思う。まあ、左右のブレーキレバーを上手く加減できる状況ならば優劣は生じないと思うが。やっぱりバイクはどんな制動装置や補助装置よりもタイヤがまず命だと思う。

操作性その他

 メーターパネル内の情報は非常に充実している。始動不能を知らせるためとして、モーターストップスイッチ(が上になっているよという)表示灯、シート(が開いているよという)表示灯、サイドスタンド(が下がっているよという)表示灯、充電リッド(が開いているよという)表示灯があり、動力用バッテリーの状態を知らせるためとして、動力用バッテリー警告灯(取付状態不良、バッテリー不良)と動力用バッテリー点検灯(容量低下)がある。ご丁寧なことにスロットルを回していると走行中表示灯が表示される。ここまで原動機や駆動音が静かだと動いていること自体を知らせる必要もあるということだろうか。

 左集中スイッチJF81と若干異なっている。右側のモーターストップスイッチは、はエンジン車で言うところのシーソー式のキルスイッチ兼セルモーターボタンに相当するものである。上に倒すとモーターの回転が強制停止され、下に傾けるとモーターの回転が可能な状態になり、その状態で下に押すとreadyがメーターパネルに点灯し、発進可能な状態になる。ハザードスイッチの左側への移動に伴って、ホーンスイッチはコンパクトになっている。従来は左に切ったハンドルのグリップ部分で持ち上げたシートを押さえようとしてホーンを鳴らしてしまうという事があったので、それへの対応も含めているのかもしれない。ウインカースイッチ(下)とホーンスイッチ(上)はホンダお得意の上下逆転仕様である。メディア調査(※)では従来通りホーンが下にあった方が使いやすいという人が圧倒的に多かった。

 

積載性・収納力について

 グローブボックスはDCソケットがある点も含めてJF81と同じ。
 シート下トランクに動力用バッテリー2個を装着するとその後部には財布、スマホ、薄手のグローブ、薄手のカッパ上くらいしか入らなかった。残りの薄手のカッパ下はバッテリーとシート裏の隙間になんとか仕込んだ。ヘルメットは半キャップすら入らないし、一般的なハンドバッグすら入らなかった。

 メットホルダーがシートヒンジ付近左側に1個用意されていて、MサイズのアライMZはメットホルダーワイヤーを仲介しなくてもDリングが2つとも引っ掛けることができた。

 収納力を補うためにJF84と同じ35Lトップボックス(08L71-KZL-861ZA)が装着されていた。このボックス内はフルフェイスでも難なく収納することはできたが、専用充電器1個を入れて、蓋を閉じることができなかった。ゴムネットをトップボックス周囲に巻くことで何とか専用充電器1個を運ぶことは出来たが、そもそもduck・tailリアキャリアとしての効用がないから、後席上に荷物の固定もできないし、ボックスの必要性も出てくるのである。duck・tailPCX共通の欠点である。

結論

 充電済みの動力用バッテリーに即座に交換できるインフラが整備され、しかもガソリンがリッター500円を超える等の歴史的変化が起きない限りEF01JF81に取って代わることはないだろう。実用面では、シート下をバッテリーだけで埋め尽くすようなスクーターは一般には受けない。ホンダもそれを承知で敢えてPCXEV車を加えたのはなぜだろう?思うにPCXというイメージリーダーを使って先進性をアピールしたかったのだろう。今となっては販売台数のうえではN-BOXPCXがホンダのフラッグシップなのだから。

(※)BikeBrosのバイクリサーチ2016年5月 https://www.bikebros.co.jp/bikeresearch/detail?id=50

2020.9.11 記述

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