ホンダ・ジャイロX
(2st)


 長所:1不転倒 2凍結路走行 3積載面積
 短所:1ブレーキレバー 2低速安定性 3雪上走行 4すりぬけ

 ジャイロ?は、ホンダが製造する50ccスリータースリーホイール・スクーター)である。荷台形状や屋根の有無でジャイロ?、ジャイロUP、ジャイロキャノピーの3種類が存在するが、その中で最もシンプルな車体である。

 私はかつて2ストロークの前期型ジャイロX(83〜88年式)を持っていた。こいつは50ccにして乾燥81kgもあるからどれだけ発進がトロイのだろう、と乗る前は思っていた。が、さすが運搬車だけあって低速トルクが強く、40km/hぐらいまでの加速は意外に良かった。でも低速重視のためか全開でも60km/hは出なかった。燃費は40km/h以下で街中を流せば35km/Lとなかなかいいが(当時のメーカー公表値は71km/L)、信号の多いところを元気良く走ると25km/Lくらいにまで落ち込む。

 ジャイロXは一見すると安定性が良さそうだ。しかし、車体姿勢が中央に復帰するようなダンパーが付いているわけではないので、思ったより上体はフラつく。直進状態を保っていれば、減速から信号停止にかけて地面に足を付かないことはできるが、発進直後にグラっと来るし、大きめの車体とあいまってすりぬけが大の苦手だ。また、左右どちらかの後輪が障害物を踏むと上体が反対側に飛ばされるので、50km/h以上出すことはお勧めしない。

 ジャイロ・ライダーはどうしてカーブであんなに車体を寝かせるのか、不思議に思う人もいるだろう。別にハングオンを楽しんでるわけではない。車体を倒しても後輪は寝ないので、大きく車体を倒さないと曲がれないからなのだ。二輪車とは違うその感覚に初めは誰もが戸惑うことだろう。しかしあれだけ寝かせて転倒しないのは見事な重量設計だと思う。

 ジャイロは一見すると雪上走行にも強そうだ。しかし、未踏の新雪路面では極めて走破性が低い。積雪量にしてせいぜい5cmくらいが限界だ。なぜなら、『普段は右後輪だけが駆動して、エンジン高回転時に右後輪がスリップすると、左後輪も駆動して走破する』というノンスリップデフが、何と、アクセルを全開にしても全く作動しなかったのだ。右後輪は空転に空転を続け、路面の雪を全て掻き出し、アスファルトが露出して、ついにはタイヤが焼ける匂いまでしてきたが、左後輪はウンともスンとも言わなかった。

 ノンスリップ・デフはスリップしないデフという意味なのだろうが、デフ=デファレンシャルとは差動装置のことである。両輪がはじめから回転していることが大前提の装置なのに、片輪しか回転しないジャイロXにデフという名称を付けるのは相応しくない。デフが付いてないからスリップするのだから、ノンデフ・スリップが正しい名称ではないのか。

 ならば、右後輪を車の作った轍の中に入れて走行すればいいではないかと思われるかも知れない。しかし、3輪全てが別の軌跡を歩むこのジャイロ、轍の中に収まるのは右後輪だけ。ライダーとジャイロの重量を合わせても、右後輪だけしか駆動しないのでは、重心がずれていて折角のワイドタイヤのグリップが活かせない。特に左に体重をかける左カーブが弱かった。そして後輪はわずか6インチなので、すぐに雪に突っかかってなかなか踏破できないのだ。よってノンスリップデフ仕様だった頃のジャイロX(プレスインフォメーションから推測すると99年12月発表より前のモデルの全て)の購入はお勧めできない。

 運搬車なので積載性はいい。前後のキャリアにプラスして、インナーラックと足元のスペースが使える。しかし、ボディとリアキャリアフレームが近すぎて、リアキャリアにBOX(アイリスオーヤマ・RVボックス400がぴったり)を取り付ける作業がとても大変だった。ロープで固定するという積載方法には向いているのだが。尚、02.6からリアキャリアレス車が選択可能になった。

 ジャイロXはブレーキレバーの取付角度・取付位置が悪い。手が小さい人だとグリップを握り替えるぐらいでないとブレーキレバーに指が届かない。これはビジネスバイクの大先輩であるスーパーカブに合わせた設計なのかも知れないが、リアブレーキレバーまで遠くされたのでは制動操作がワンテンポ遅れて大変危険である。また、ウインドシールドのてっぺんが丁度、視線に位置するので、運転していて非常にイラつく。もう10cmくらい長くするか短くして欲しい。でも風防効果はなかなか良かった。尚、02.6からウインドシールドレス車が選択可能になった。

 まるでいい所がないような言い方をしているが、そんなことはない。ジャイロが非常に頼もしい状況もある。それはスケートリンクのように平らでカチカチに凍った路面での走行である。タイヤの接地面積が広くもともとグリップがいいので、二輪車のようにいきなりツルンと滑ることがない。滑るとしてもゆっくりと滑り出すので、ライダーがバランスを崩してバイクから投げ出されることはあっても、バイク自体は転倒しにくいのだ。

 ジャイロUPに比べて荷台が衝撃を受けにくいから、食品の配達にはいいかも知れないが、どうしても3輪でなければならないという切羽詰った状況でないのなら、経済性操縦性の面でホンダ・ズーマーヤマハ・ギアをお勧めしたい。

 ジャイロ3兄弟の中でこいつを選ぶとしたら、その理由は機敏性だろう。2スト後期モデルはエンジンを共有したので、最軽量であるジャイロXが最も快活に動く。

 現行モデルは電子制御燃料噴射の4ストになって復活している。後輪は8インチに、輪距は495mmにまで広げられた。お値段もかなりアップした。景気が悪いせいか私はまだ新型車を見かけたことがない。

2008.11 一部書換/ 2007.11 追記/ 2002.9.23 追記/ 1999.12 記述

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