タイホンダ・ズーマーX

 長所:1運動性能 2整備性 3制動力(国内版)
 短所:1積載・収納 2航続距離 3照射力

 ホンダは2013年に多くの原付二種を国内発売した。CRF125を除き全てが海外生産である。今回試乗したズーマーXは2013年初期型のタイ現地モデルACG110CSFD(以下タイ版という)と日本向けモデルJF52(以下、国内版という)の2台である。特に断りがない限り両者に共通するコメントである。

 国内版に85kgの負荷をかけて平地でアクセルを全開にすると、100mで68km/h、200mで79km/h、300mで84km/h、400mで89km/h、500mで91km/h、600mで92km/h、700mで93km/h、1,500mで最高速96km/hと加速していく(全てメーター読み、以下同じ)。下り坂では103 km/hまで見た。同じ排気量のベンリィ110DIO110より元気で市街地走行でストレスのない加速をする。加速騒音も運転している本人にはうるさく感じない。少なくともこれ以上静かにする必要性を全く感じない。

 同じテストコースでタイ版を試したときは90km/hしか出なかったが、このときは大雨洪水波浪注意報が発令中だったので風水圧の影響ということにしておこう。別の場所では国内版と同じく96km/hまで伸びるのを確認した。マフラーのヒートガードに国内版はK20 K1と、タイ版にはK16 TH1と刻印されていた。もしかすると触媒等が異なる可能性もあるが、加速も騒音も私には違いが分からなかった。

 どちらもリード125のような始動直後毎の加速不良は発生しないし、高速域での不安もなかった。嬉しいことに両車ともキックスターターを標準装備している。

 ヘッドライトバルブが国内版の30/30Wに対してなぜかタイ版は32/32Wが付いていた。燃料タンク容量で国内版は4.5Lと表記するのに対し、なぜかタイ版は4.4Lと表記する。寸法にもミリ単位の表記違いがあるものの実用面での差はない。両車の最大の違いはブレーキシステムにある。タイ版のフロントディスクブレーキは1ポットピストンで右レバーのみで作動する。一方、国内版のフロントディスクブレーキは右レバーでキャリパー両端の2ポットピストンが作動するほか、左レバーでもキャリパー中央の1ポットピストンが連動する。左右のレバーを同時に握ると国内版は3ポットのピストンがローターを押し付けるのである。3ポットだから3倍強力というわけにはいかないが、その制動力は明らかに違う。

 国内版の乾燥路面での短制動。左レバーのみでも40km/h以下ではほとんど滑らないが、それを超えると滑りはじめる。その際、後輪はまっすぐに滑る。右レバーのみでもローターがシャーといいつつ、滑らずにやがて止まる。左右レバー同時ではGROMもびっくりするほど短い距離で確実に止まる。その際、倒立フォークがしっかり受け止めているという感覚はあるが、フレームがしなっているという感じはしない。

 タイ版乾燥路面では、右レバーのみでもどんなに強く握っても滑らなかった。左レバーのみだとすぐに滑り出す。その際ケツは左に流れることが多かったが、右に流れることもあった。左右レバー同時では滑らなかった。
 WET路面では、左レバーのみはもちろん、右レバーのみでも滑り出すことがあった。滑る前のギーという激しい金属音はパットとローターの当たりがまだ上手くいってないからなのだろうか。左右レバー同時ではかなり粘ってくれたが、加減次第でリアが滑ることはある。“くだん”の縦溝峠トンネルを通過しても滑らなかったが、タイヤが縦溝に捕られる微細な動きは感じた。
タイ版の制動距離は国内版に比べると明らかに長く、倒立フォークが『もっと来て♪』と囁いていた。

 国内版にはIRC社のF:MB86/ R:MB67が、タイ版にはダンロップ社のD314(F)というタイヤが標準装着されていた。タイヤを逆に組み合わせたらどう変わるのか興味はあるが、今回の試乗ではタイヤよりもブレーキシステムの違いの方が大きく出たと思う。国内版とタイ版の値段差はこのブレーキシステムに対して払うものだと思う。

 実は2013年に発売したホンダ原付二種のなかで、このズーマーXが一番興味なかったのだが、期待以上に運動性能が良くて意外だった。
ケツの振りひとつで向きを変え、実に軽快にスラロームする。着座位置の高さはここでも良い面に作用している。前輪の方向性と後輪の方向性が一致していて、前後輪が合わせてひとつの大きな車輪であるかのように一体感がある。スポーツバイクでさえ前後輪の軌跡に一体感がないものは少なくないのに。ノーマルタイヤどうしで評価すれば、腰が砕けやすいGROMよりもZOOMER-Xの方がひょっとして旋回性がいいじゃね?とすら思える瞬間がいくたびもあった。フロアステップの改良だけでも戦闘力は大きく向上するだろう。スワッピングしたほうがいいんじゃね?リード125とエンジンを。但し加速不良は要らんけどね。

 バイクの運動性能を上げるにあたって、いたずらにホイールの直径を上げればいいというものではないということをズーマーXは教えてくれる。前後12インチホイールにフロントと同等以上の大きさのリアタイヤを履いている。現状でもシグナスXと同等以上の運動性能だと思うが、フロアステップを改良すれば操縦性においてPCXですら敵ではない。フロアステップを下げられないというのなら、可倒式のステップをフロアの外側ちょい低いところに設置してみてはどうだろう。

 スクーターのくせにエイプもびっくりの倒立フロントフォークを採用している。 スポーツバイクと同様のフロント構造ももったためかハンドルさばきに対して前輪がとても素直に敏感に応答する。逆に前輪からの情報も良くハンドルに伝わってくる。砂利を踏んだり、滑り出したり、段差を通過したときも路面の状態が良く分かる。路面の縦溝も良く拾い、分かりやすい反面、怖さも増幅される。その一方で、ボディ後半はスクーターのままなので、段差を通過した際のリアからの衝撃が大きめで、ケツが重いな、左右に振ったときケツが半テンポ遅れるな、というのをスポーツバイクに対して感じる。

 サスペンション。フロントは柔軟性があるものの、GROMのように必要以上にダイブしない。短制動で思い切りフロントを沈めた際の戻り方にオイリーな弾力がある。フロントサスはこのクラスのスクーターの域を超えている。リアはユニットスイング式なのでどうしても段差等でバタついてしまうが、左片持ちのわりに、大きな不満のない動きだった。

 タイ版で比較対象区間304.7kmを走って距離計が示したのは306.9km。+0.7%の誤差があるとするならばその区間の平均燃費48.8km/Lになった。国内版の距離計が示したのは305.8km。+0.4%の誤差があるとするならばその区間の平均燃費は49.2km/Lになった。タイ版では平均速度は低かったが全区間の3/4以上が大雨洪水波浪注意報発令中であった。国内版では平均速度は高かったが、快晴であった。環境のプラマイゼロで燃費も同じと見ていいだろう。

 

 運転席居住性は今ひとつ。燃料タンクをフロア下に設け、車軸よりだいぶ高い位置にフロアステップが来た。そこに足を置いた膝が水平以下の角度になんとか収まる高さに座席をセットすると、とたんに着座位置が高くなった。その着座位置と辻褄を合わせるがごとくトップブリッジからハンドルをバイーンッと伸ばしたらまるで耕運機のように滑稽な姿に仕上がった。高い着座位置で見晴しはいいが足付き性は悪い。170 cm ない私だと片足を地面にベタ付きするともう片足はつま先しか付かない。雰囲気も足付きもまるでモタードバイクのようだ。ヤマハ・BW’S(SA44J)のようにフロアに段差を付けてでも足を置く所くらいはフロアをもう少し下げて欲しかったが、少し広めのフロア幅とフロアに設けたギザギザのパターンが、辛うじて足置き性を支えている。

 長時間走行時の疲労箇所は背筋だった。膝を上げられた体がバランスを取ろうとして無意識のうちに猫背な上体になる。それに逆らって背筋を伸ばそうとし続けて背筋が疲れたのだろう。シートは見た目より良く、リード125GROMよりマシなクッションだった。長い時間座っているとケツも痛くなってくるが、そこはリアステップを使うことでカバーした。このリアステップは運転席からは少々遠くて高い位置にあるが、運転者がバックステップ代わりに使うことも(なんとか)できる。狭いフロアで揃える両足を疲労から軽減する他にもコーナリング時に使えばバイクの傾き具合が掴みやすいし、スタンディング時に使えば車体の安定を保ちやすい。このリアステップはボディに隠れていないので、走行中にも足で出したり畳んだり(なんとか)できる。

 後席はリアステップにもう少し幅が欲しかったが、乗降性は問題なし。また、このグラブバー(タンデムグリップ)は隙間がなくて左右からは握れない。ケツの後方に両手を差し込んで自らの腕を背もたれにするしかない。その際、運転者が腰を深くかけると、シート長に余裕がなくなる。同乗者も後方に下がるならグラブバーそれ自体を背もたれ代わりにして運転者に掴まらないと姿勢が安定しない。逆にグラブバーを握るとなると、運転者に寄り添わなければならなず、暑苦しい。シートクッションも薄く、長い時間後席には座りたくない。リアステップを取られた運転者にとっても狭いフロアでずっと操縦する緊張感は短時間で抑えたいものだ。

 

 積載性。リアキャリアを装着しないと後席部分にしか積めない。フックを掛ける場所も近くにはグラブバーしかない。そのグラブバーとて荷物の後方からしかフックできない。リアフェンダー、リアステップガイド、シート下の枠など、どこにでもロープなりバンドなり伸ばしてフックしないと荷物を安全に固定できない。
 ポケット類もないのでハンドルブレースにS字フックを用いてコンビニフックとして活用したい。私は股間を直撃する風雨を少しでも和らげようとここにタオルを掛けた。

 収納性。メインスイッチからシート左横に鍵を差し替えてシートを右に開くと、浅くて狭いシート下空間が現れる。50?のズーマーと異なり、シート下後方は書類・兼工具入れが邪魔をしていて貫通していない。前方のみ貫通していて直進方向に66?の長さを得ているが、斜めにすれば79?の寸法を確保できる。試しに長尺物を収納してみた。硬式テニスラケット2本とスカッシュラケット2本の計4本が収納できたが、ヘッド面積90インチのラケットでも結構いっぱいなので流行りのデカラケだと1本でも収まらない可能性がある。ヘルメットは半キャップでないと収納できない。試しにSZ-Mを置いてみたらシートが閉じず、3センチほど浮いてしまった。フルフェイス・ジェットヘルメットはメットホルダーに引っ掛けるしかない。しかも1個を引っ掛けるのが精一杯である。
 この収納性の悪さは、整備性の良さにも繋がっていて、いくつかの車載工具も装備し、一般的なスクーターに比べ、部品の脱着も容易になっている。

 バックミラーは糸巻型(X字状)に歪曲していて後方視界がかなり悪い。ミラーパネル(裏側)だけでなく、鏡面(表側)にまでXスタイリングを踏襲するとは(笑)
 ウインカースイッチホーンスイッチはPCX同様に従来のバイクと逆の位置にある。咄嗟の時にホーンボタンに親指が届かないし、左折指示を出す際にもハンドルを握る左手を大きく浮かさなければならない。ハンドルグリップも微妙に太く、女性とか手の小さい人のことは考慮しているとは思えない。
 サイドスタンドを出すとエンジンが自動停止し、再始動も不可となる。荷物でグラブバーが塞がっているとセンタースタンド掛けがかなり重くなる。
 ヘッドライトは照射力が物足りない。ハイビームにすれば少しは青看が見やすくなるものの、なんとなく光りがぼんやりしている。暗黒の峠道では常時ハイビームで巡航していたし、夜間すれ違いでロービームにせずとも対向車の“眩しいぞパッシング”を喰らわなかった。

 フロアステップの高さが操縦性を落とし、エンジンも125?ではない。シート下は後方非貫通で長尺物がほぼ積めない。走りを求めたのか、積載の自由を求めたのか、それともトランスフォーマー4に出演したかったのか、もう少し詰めて欲しかった。

2013.12.16 記述

表紙に戻る