ピアジオ・MP3−RL

同クラス2輪スクーターに対して
 長所: 1走行時の安全性・快適性
 短所: 1軽快感 2駐輪操作性

トライク・サイドカーに対して
 長所: 1運動性能 2すりぬけ
 短所: 1自立安定性がない

 ピアジオ・MP3前2輪・後1輪という車輪配置をした初めての量産スクーターである。今回試乗したのは車体の傾きを固定するロールロック(以下RL)機構が装備されたMP3-RL、250cc、07年モデルである。逆三角形トライクなので登録区分は軽二輪となる。運転免許については、従来は普通自動車AT限定を要求していたが、その運転特性が二輪車に近いとして2009年9月から要普通二輪AT限定(FUOCOは大型二輪AT限定)に変更された。

 3輪でポピュラーなのは前1輪・後2輪のいわゆるトライクだが、なぜMP3の車輪配置は逆三角形なのか。

 トライクは開放感存在感を楽しめる不転倒のバイクだが、デファレンシャルの装備で重量がかさむ。また、前1輪のグリップが後2輪に比して極端に弱く、バンクも出来ないので、クルマよりもバイクよりも曲がりにくい。その車幅からすりぬけも諦めなければならず、バイクの運動性能を完全にスポイルしている。

 後1輪の逆三角形トライクなら、駆動輪が1つなのでデフが不要になる。また制動時は加重が前に移動するから単純にみて前輪が後輪の2倍のグリップあることも合理的である。これで車体がバンクができればバイクよりも前輪が流れる危険性が減り、トライクよりも高速での旋回が可能となる。逆三角形トライクは最も運動性に優れた3輪車なのである。

 しかもMP3はジャイロシリーズのように2輪が一体となって垂直を維持するわけではなく、各3輪が車体に合わせてバンクできるよう独立サスペンションを採用している。旋回時は互いの前輪がほぼ並行に傾くようにしっかりとリンクしている。これによって抜群の路面追従性乗り心地を得た。

 この複雑な前輪システムは結構な重量がある。ほとんどのスクーターは後輪やミッションと一体となったエンジンを採用しているので重心が後方にある。スクーターの前後重量バランスを調整する意味でもMP3は成功している。

 セル一発でエンジンが始動した。アイドリング時にハンドル先端がわずかに振動するだけで、走り出した直後からの低振動静寂性はすばらしい。乗り心地の良さもバイクというよりもほとんどクルマに近いものがある。フロントサスが路面からの衝撃をほとんど吸収してしまう。フレームも立体的な構造をしていて捩れるような感覚は微塵もない。クルマのようにどっしりしていてバイクのようにバンクできる不思議な乗り物である。

 前輪のトレッドは絶妙である。これ以上狭めると3輪の意味がなくなるし、これ以上広げると2輪のようなバンクすりぬけも出来なくなる。前輪はきちんとトーイン、プラスキャンバーがとられ、素直な直進性旋回性を得ている。

 3輪であることの安心感から旋回中に平然と車体を倒し込むことが出来る。その倒れ方で2輪スクーターよりフロントヘビーなのが良く分かる。バンクを抑えるようなダンパーが付いているわけではないので、車体を倒していくとそのまま倒れ込んでいく。そう、MP3は転倒できるバイクなのだ。

 車体が擦れる寸前のバンクでも3輪はちゃんと路面に接地している。アクセルを捻れば、3輪の確かなグリップを感じながら車体は起き上がる。起き上がり方はバイクの動きだ。倒し込むとバイクより重い車体だが、リアタイヤに駆動力をかけてさえいればどんなに寝かせていようと不思議と起き上がれる自信がある。

 ただバイクと比べると、コーナリングに『芯がない』とも言える。足回りが弱いという意味ではない。2つの前輪はきちんと衝撃吸収するうえに、バンクもするし舵取りもする、あまりに柔軟すぎて、オン・ザ・レールのような旋回をしようとするとバイクよりもラインが掴みにくいのである。旋回性については向上した安心感のぶんだけ軽快感を失ったのかも知れない。

 旋回性こそMP3の特徴かと思ったが、直進性にはもっと驚いた。ただでさえ2輪スクーターは“雲の上に乗っている”ようにラクなのに、直立状態で走行していればほとんど車体がフラつかないので一層ラクになっている。バイクは車体が勝手に安定して直進しているようでも、無意識のうちにライダーが全身を微妙に緊張させながら安定させていることに改めて気がついた。横風が非常に強い日にも試乗したが、車体を風向き(斜め)にキープしたまま平然と巡航することもできた。

 この重量からしてもっと遅いかと思ったが、そんなことはなかった。発進加速も国産250cc2輪スクーターとほとんど変わらない。ピアジオ・クオーサー(インジェクション)と名付けられたこのエンジン、なかなか強力である。このエンジンは比較的高い回転をキープするようだ。約4,000回転でクラッチミートし、スロットルグリップを回していれば低速走行でも常時6,000回転以上は回っていた。アクセル全開にしてもスリップ防止のためか一呼吸おいてから回転が跳ね上がり強力な加速を開始する。

 最高速は公表値で125km/h。高速区間でメーター読み110km/hを確認した。流れに合わせた走行なのでそれ以上は試さなかったが、まだまだ伸びる実感がある。しかし重さのわりに110km/hまでの到達があまりに早いので、本当にその速度が出ているのか興味深い。

 秀逸な制動力である。2枚のディスクと2個のフロントタイヤでスポーツバイク顔負けの短制動を発揮する。しかも3輪のいずれかがロックするほどのフルブレーキでも車体の安定性は高かった。注意すべきは前2輪のディスクに均等に油圧が加わるように精密に整備しなければならないことである。3台試乗したなかで短制動の際に片効きする個体があった。そのまま放置すれば左右でタイヤの減り方が変わり走行性に悪影響を及ぼすだろう。まだジャンルの新しい乗り物なので、販売店選びは技術力を優先したほうがいいと思う。

 舗装路を走行しての安全性、快適性はこれまでの同クラス2輪スクーターとは一線を画するものである。それは誰もが実感できるものである。

 では低ミュー路面はどうだろう?2輪スクーターよりも前輪がイン側に配置されることになり、これがダートトラッカーの旋回方向に出す足のような役目を果たすだろうが、おそらくノーマルタイヤのままでは前輪が2つになったところでそう安心できるものではないと思う。低ミュー路面では車体をバンクさせること自体が、フロントブレーキを掛けること自体が危険行為であると私の体は認識している。

 MP3はスノータイヤもオプションに加える予定があるようだ。しかしそれだけで大丈夫だろうか。いかんせん車体が重いので、いざフロントがすべり始めたら並の操縦技術では立て直すことはできまい。『低ミュー路面を不転倒で通過するため、RL状態で低速走行できる⇒スノーモード』なるものがあれば、全路面型コミューターとしてすぐにでも買ってしまうのが。

 走りばかりが注目されるMP3だが、実用性はどうだろう。2時間程度しか走行していないので燃費は測定できなかったが、燃料計の針はじわじわと進んでいた。レンタル車が登場したら借りて試してみたい。

 収納力はなかなかいい。リアハッチシート、二つの開口部があって両者は中で貫通している。バット、ラケット、釣竿などの長い物を収納できるほか、Mサイズのジェットヘルメット:SZ−RAM3がハッチ側とシート側にそれぞれ1個ずつ収納できた。リアハッチは開口部が狭いので大きいフルフェイスだと入らないかもしれない。またシート下の方も空間が浅いので、やはり大きいヘルメットだと入らないかも知れない。

 2箇所の収納スペースの他はパーキングブレーキの上に取り付けられた荷掛けフック、そして後席の背もたれ兼用のトップケース(別売り95,000円っ!)を利用する。

 足付き性はべスパ・125ET4やホンダ・@125より悪く、イタルジェット・フォーミュラ125やジレラ・ランナーVXR200より良い。170cmない私だと、両足のつま先が地面に付いて、少し足首を曲げられる程度。もう少し車高が低ければなあと思うが、停止寸前にうまくRLすれば、地面に足を付かないで済む。逆にフロアステップはもう少し下げれば着座姿勢が向上し圧迫感が減る。何が言いたいかというと、足が余裕で接地できる人にとっては狭い足元だし、足元が広く感じる人にとっては足が全く地面に付かないだろうということ。大柄な人に向けた設計なのか、小柄な人に向けた設計なのか分からないのだ。イタリアスクーターにはこういったものが多い。

 残念ながら今回は2ケツできなかったので後席居住性の評価はできない。ただ、座面の傾斜が大きいので同乗者が徐々に運転者の方にずれて来ないだろうかと懸念している。握りやすい左右のタンデムグリップとボディ一体型の後席ステップで前滑りをこらえる同乗者の姿をイメージしてしまう。

MP3の操作方法

 取り回し。MP3はジャイロキャノピーと同じく自立安定性がないので、センタースタンドRLしないと自らの重量で転倒してしまう。乾燥重量204kg、それ自体は大したことがないが、フロントにエンジンがあるのかと思うほどずっしり重くてボリュームがある。しかもフロントの挙動もバイクとは異なる。慣れるまではRL状態で取り回すことをお勧めしたい。

 停止中に車体を安定させるための操作は複雑である。RLスイッチ、イグニッション、駐車ブレーキ、センタースタンド。この4つを順序良く操作しなければならない。

 RLイグニッションONの時にしか作動させることができない。一度作動させればイグニッションをOFFにしても安定状態を保持する仕組みになっているが、メーター内表示(=点灯ならロック、点滅ならアンロック)はイグニッションがONでないと表示されないので注意したい。

 RLの解除は手動自動の2通りある。イグニッションがONの時、RLスイッチを右スライドすると警告音とともに解除される。またエンジン回転数が2,000回転を超えても警告音とともに自動的に解除される。クラッチミートが約4,000回転なので、発進すればRLは強制解除されるのである。再び車輪が停止したら自動的にRLしてくれるわけではない。いったん解除されたRLは再びRLスイッチを操作しないと作動しない。解除は自動だがロックは手動。走行中は運転者がバランスをとらなくてはならないので、MP3の操縦は全くと言っていいほど2輪スクーターなのである。

 センタースタンドがあるのに停止中にしか機能しないRLなんか必要ないじゃない!そう考えるのも正論だと思う。純粋に2輪スクーターとして楽しみたい人には10万円安いRL無しモデルも用意されている。RLの効用は、安全な取り回し乗降(特に2人乗り)。そしてセンタースタンドの足が陥没するほど路面状態が悪い場所での駐車、だと思う。

 安全に降車するなら、車体を直立させて→RL→イグニッションOFF→駐車ブレーキを引いて→降車→スタンド掛け→ハンドルロック。安全に乗車するなら、ハンドルロック解除→イグニッションONでRL状態を確認して→スタンド解除→跨いで→エンジン始動→駐車ブレーキ解除→発進とともにRL自動解除。

 MP3の駐輪操作は複雑だ。ホンダ・ジャイロシリーズのように駐車ブレーキ操作だけで後輪ロックとスイングロックを同時にできれば、RLスイッチ、自動解除機構、メーター内表示、警告音が不要になる(センタースタンドはメンテナンス用として残すべき)。RLの有り無しでグレードを分ける必要もなくなる。

 RL状態でも取り回しできるように、駐車ブレーキ中間位置を設けることを提案したい。下げた位置はRLも後輪も解除される走行用。中間位置はRLされるが後輪はフリーの取り回し用。上げた位置はロールも後輪もロックされる駐車用。駐車ブレーキのレバーが中間位置にあれば乗降の妨げになるので、取り回し状態であることは感覚的にも分かりやすいと思う。

 かつてはホンダ・フォーサイトのように40万円で買える国産ビックスクーターもあったが、今は60〜80万円が当たり前である。しかもどんどんデザインが下品になっていく。それならMP3の革新性と快適性に90万円出したほうが幸せになれるかも知れない。

 ピアジオ・MP3の400ccモデルがついに日本に入荷された。250cc版よりも後輪が太く大きく、よりバイクらしいコーナリングができると思う。更にパワーが欲しい人には、ピアジオ・MP3をベースにして500ccエンジンを搭載したジレラ・FUOCO(炎)500ieもあるが、こちらは収納力に乏しい。私だったら3台の中ではピアジオ・MP3-400を選ぶだろう。

成川商会サイトhttp://www.narikawa.co.jp/index.html

2014.6.10 免許改正記述/2009.5.11 一部訂正/2007.5.21 記述

表紙に戻る