ヤマハ・シグナスX-SR
5型

 長所:1運動性能 2制動フィーリング
 短所:1居住性、2操作性、3収納力、4被視認性、に不満あり。

 2018年11月ヤマハはシグナスXのマイナーチェンジモデルを日本で発売した。今回試乗したのは慣らし運転直後の2019年モデルB8S1で、以下5型という。

 5型に85kgの負荷を掛けて平地でアクセルを全開にすると到達距離ごとのGPS速度は次のとおりになった。100mで53km/h、200mで70km/h、300mで77km/h、400mで83km/h、500mで86km/h、600mで89km/h、700mで90km/h、800mで91km/h、900mで92km/h、1,000mで93km/h、1,100mで94km/h、1,200〜1,500mで95km/h、1,600mで平地最高速96km/hを確認した。このとき5型のデジタルメーターは104km/hを示しており、GPSを基準にした速度計誤差は+8.3%になる。

 今回比較試乗したBF91(以下4型という)も、以前試乗した4型台湾仕様2UB1も、メーター読みで95km/h から先はなかなか見ることができなかったが、5型はエンジンスペックに変更がないにもかかわらず、メーター読みなら800m地点ですでに3桁に達している。
 ちなみに5型で型番が変更された部品の中で、加速特性や最高速に変化をもたらしそうなものをピックアップすると、エンジンコントロールユニット、スロットルボディ(インテーク)、ステーター(ジェネレーター)、ピストンピン、バルブ及びそのリテーナー、カム(クラッチ)であった。

 リード125の2018年モデルとの比較。リード125はマイナーチェンジで弱体化したもののスタートダッシュは相変わらず速く、5型よりも出足は速い気がする。それでも100m以降は5型の方が高い速度に到達している。
 スウィッシュとの比較。高回転でクラッチミートする5型は音量の大きさが速さを演出するが、軽やかにエンジンが回るスウィッシュもいい勝負をする。進行距離ごとの到達速度は300mまでは5型が有利で、それ以降はスウィッシュの方が伸びていた。
 5型は発進時からある程度賑やかであるものの最高速付近でもエンジン回転に無理はなさそうだし、駆動系からの振動も無いし車輪がブレることもない。改めて気づいたことだが、エンジンから駆動系そして回転するタイヤに至るまで、シグナスXがアクセル全開状態でこんなにも振動が少ないスクーターだったとは。ちなみに5型の燃料タンクにはダンパープレートが追加されている。
 発進直後にエンジン回転が変化する箇所があるものの、加速そのものに関しては発進から最高速に至るまで停滞する領域はなく、歴代シグナスXフルノーマル車のなかで最も駆動系の完成度が高いのではないか。

 比較対象区間307.1kmを走行したところオドメーターは309.4kmを示した。距離計の誤差は+0.75%と推定する。その区間の平均燃費42.3km/Lになった。燃費は前回測定した4型台湾仕様よりわずかに良かった。それでもBLUECOREエンジン搭載車に比べれば劣っている。なぜヤマハはシグナスXBLUECOREエンジンを載せないのだろうか。

 歴代シグナスX同様に、バイク単体での運動性能は相変わらず良い。だがフロアステップの高さ、フットレストの角度、前後シート段差の位置、この3点がいずれもよろしくないために運転席が窮屈である。その居住性の悪さが操縦性にも影響している。極低速域やタンデムでの安定性や長時間走行時の快適性に難があるのだ。発進直後から停止するまでは安定しているが、いざ足を接地しようとフットレスト/フロアから足を降ろすとき、高い所から足を持ち上げるような動作になってしまうため、その瞬間バランスを崩しやすい。足を着こうかどうか悩む状況でのすりぬけシグナスXが苦手な場面である。もう少しフットレストから前後シート段差までの距離を伸ばしてフロア高も下げた方が、操縦性は格段に向上するはずである。

 スウィッシュとの比較。フットレストに足を伸ばして踏ん張る運転姿勢ではスウィッシュの方が随分とラクであった。そしてフロアステップにお行儀よく両足を並べる運転姿勢では、12インチの安定性でシグナスXの方が有利だと以前コメントしたが、同じ日に乗り比べてみて、その姿勢でもわずかにスウィッシュの方がラクだったと訂正させて頂く。フロアがわずかに低くて膝の持ち上げ角度が緩いのと、フロア表面に刻んだダイヤ形状の滑り止めが、靴の裏側を掴んでくれるからスウィッシュの方がラクだった。

 シグナスXは、前後12ホイールにグリップの高いタイヤを履き、フロア下の車体剛性も高いので、車体そのものの直進性は高い。フットレストの足とシート段差のケツで車体を前後にロックして、いったん走り出せば非常に高い直進性を維持できる。しかしそこから旋回動作に移るには、フロアもフットレストも位置が高すぎてステップ荷重ではやや遅れるし、ハンドルを左右に振ってもフロント荷重が高いのかなかなか直進状態をブレイクできない。よって、右旋回で車体を右に倒すには上体は左に下半身は逆の右に倒す、つまり脊椎を撓らせるようなイメージで腰をリーンすると、簡単に車体が傾いて旋回を開始する。スラロームや障害物回避は、腰・ステップ荷重・ハンドルの全てを組み合わせてなんとかなるといったところである。バイクに身を委ねつつもコーナリングの際は意識してバンクするというメリハリのある操縦を好むスクーターである。ヤマハがシグナスXをスポーツスクーターと自賛したいのも分かるが、だからこそフロアステップの高さとフットレストからシート段差までの短さが個人的には残念で仕方がない。

 スウィッシュは、前後10インチホイールでタイヤのグリップも車体剛性もシグナスXより頼りない。走り出した後の直進性もシグナスXに負けるが、旋回動作には移行しやすい。フットレストに置いた足を踏ん張っても、フロアステップ上の足に荷重を掛けても、腰をリーンしても、無意識に逆ハンドルを切っても、すぐに旋回を開始する。市街地走行においてもタイトコーナーが続く暗黒の峠道においてもクイックに向きを変えることができる。
 しかしフルバンクやフルブレーキを試してみると造りがしっかりしているのはシグナスXだとすぐに分かる。おそらくシグナスXにとってスウィッシュなんぞ眼中にないだろうが、価格も見た目もスウィッシュシグナスXを追従しているように思う。どちらも普通に乗るぶんには全く問題はないが、露骨に比べてしまうとスウィッシュはストリート向き、シグナスXはサーキット向きと言いたくなる。

 ちなみに後日アドレスV125にも乗る機会があったが、乗車直後の着座姿勢やスイッチの操作性はアドレスV125の方がスウィッシュよりラクであった。その反面、スウィッシュアドレスV125よりも前輪の接地感が向上し車体全体も低重心化していることを実感できた。車体そのものの走行性能は向上しているのである。スウィッシュは良い意味でも悪い意味でもアドレスV125シグナスXの中間的なスクーターだと感じた。

 4型までと同様乗り心地は基本的に硬めである。標準装着タイヤはMAXXIS(台湾製)のF:M-6219、R:M-6220を継続採用している。短制動ではリアブレーキレバーの握り加減でリアを滑らせることも滑らせないことも任意にできる。滑るにしても穏やかに滑る。

 足着き性は、股下77cmの私が前後シートの段差に深く腰をかけるとわずかにカカトが浮く。フロア表面の滑り止めのパターンは変わっているし、シートも型番が変更されているが、着座した感じでは4型との違いは特に感じなかった。
 後席も着座感は4型と変わりないが、スタンディングハンドル(兼グラブバー)が3型のように左右独立のものに戻っている。

 積載性収納力

 ヘルメットボックスは4型と同じ部品である。よってシート下収納力も4型と同じだと思うが、もう少し細かく試してみた。収納結果は〇△×で略する。シート裏に全くと言っていいほど干渉しないでシートを完全に閉じることが出来た場合は〇、軽く干渉する程度でシートを閉じることができた場合は〇△、上から押さえつければシートを閉じることが出来た場合は△、上から強く押さえつけてやっとシートを閉じることが出来た場合は△×、強く押さえつけてもシートを閉じることが出来なかった場合は×とする。

 5型の収納結果は、XLサイズのSHOEI・Z7とJ-FORCE4が△。MサイズのARAI・MZが×。Quantum-Jが△×。MサイズのOGK・RT-33とASAGIが△×。閉じたシートを再び開ける際、鍵の持ち手が千切れるほど強く捩じらないと開錠できなかったので、△×でも実質×みたいなものである。なんとか収納できるのはSHOEIだけという情けない結果であった。
 ちなみにヘルメット以外のものでは、DEGNER NB-145は入るには入るが、ヘルメットボックスにかみ合わせるためのシート裏から伸びた爪が長すぎて干渉するので、みっちり収納した状態のNB-145だとシートが閉まらない。登山用デイパックdeuter 30Lも同様なので、25L以下を推奨する。シグナスXアクシスZリード125の3台はいずれも収納容積が大きいが、ヘルメットの収納力に関してはいずれも満足できないが、優劣を付けるならリード125シグナスXアクシスZ。デイパックの収納力に関してはリード125アクシスZシグナスXになると思う。ヘルメット1個に限ればまだスウィッシュの方がシグナスXより入れやすい。

 幸いメットホルダーと称したプラスチックの突起が長くて上記した全てのヘルメットを5型のメットホルダーに吊るすことができた。

 右ひざ付近のフロントポケット(インナーラック)は12V・DCジャックの装着に伴って形状が変更され、開口部が狭くなった。555mlのペットボトルなら楽に入った。それより容量の多いPETも入るかもしれないが試していない。

 純正オプションのリアキャリア(税抜12,000円で据え置き)は4型と同じ。

 フロアステップボードの幅は先端で41cm、バックステップ位置で46cmあり、ハンドルに干渉しない高さは66cmあるが、ここにピッタリ置くことが出来た2L・PET6本入り段ボール箱の寸法は、幅28cm奥行22cm高さ31.5cmだった。この段ボールを置いた残りのスペースに足を置いて走行することも苦にならなかった。

 

 操作性その他。

 左集中スイッチは4型と同じである。3型よりも右側(内側)に移動してしまい、ウインカーもホーンも出し辛くなっている。また、リアブレーキが十分に効きはじめても、まだ6cmも握りしろが残るほどブレーキレバーが遠いので、よほど手の大きい人でないとブレーキとホーンの同時操作ができないだろう。左に合図を出そうとすると、左手の人差し指一本しかハンドルグリップに残せないという有様である。制動時はブレーキレバーを握ることしかできないと思った方がいい。シグナスXをサーキット向きと言いたい理由はここにもある。

 メーターも一歩後退してしまった。夜間は青いバックライトで照らされ文字が見やすいのだが、日中は単なる液晶表示にしか見えないし、メーターパネルに反射する光で表示内容を全く確認できない時間帯もあった。エンジン回転計もアナログからバーグラフに変更されて、つまらなくなった。2つあったTRIP計も1つになった。逆に燃料計の目盛りは6つに増えた。目一杯給油して6つの目盛りが5つに減るのに83km走行した。そのあとは平均して23km走行毎に減っていき、201km走行した時点で最後の一目盛りが点滅を開始した。6.5Lタンクと燃費から逆算した点滅時点での残量は約1.7Lと推定する。航続距離はPCXにかなり負けている。

 ミラーも型番が変わっているのだが4型と同じものと思われる。左右グリップエンド間の64cmに対してミラーtoミラーは79cmあり、どちらかというとすりぬけよりも後方視界を重視していると言える。鏡面の歪みも少なかった。ただ、せっかく左右で15cmもはみ出したのだから、ミラーアームはもう少し起こしてあげた方が視線移動は少なくなると思う。

 夜間照射の画像は左が5型で右が4型のもの。シグナスXもついにLED化の波に呑まれた。
 LOWビームは左右両脇が点灯する。照射範囲はライダーの目線からは左右に45度程度、バイク本体からは左右に60度程度、上下方向はバイク本体から3〜15m程度を中心に照らし、これに加えて周囲を薄っすらと照らしている。照射範囲は4型に似ていて、黄色い拡散光が白いビームに変わったような感じである。
 HIGHビームは左右両脇+中央=3灯だが、対向車からは横長に繋がった1灯に見える。照射範囲は左右の広さはほぼ不変で、上方だけ遠くまで白いビームが届くようになる。対向車がパッシングするので、直進状態であればHIGHビームであると認識してもらえるが、バンクしたときにコーナー先を照らしてくれないので、暗黒の峠道では目を凝らして運転しなければならなかった。HIGHビーム時は60Wハロゲンバルブを採用する4型の照射力に遠く及ばず、35W×2灯のキムコ・レーシングSにも大きく劣っている。以前乗ったNMAXよりマシという程度である。

 導光LEDテールライトは綺麗だが、中央部のストップランプのレンズ面積が4型よりも小さくなって一層目立たなくなった。追突防止のためにストップライトの表面積を広げるべきだ。

 居住性、操作性、収納力、被視認性に不満があり、最大の長所であったヘッドライトまで弱体化してしまった。シグナスXは実用車としても戦闘機としても中途半端だと思う。社外パーツと組み合わせて魔改造に走るツールなのかもしれない。

記述 2019.4.21


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