ヤマハ
グランドフィラーノ
HV タイ仕様

 長所:1軽さ 2着座姿勢 3居住性 4デザイン 5燃費
 短所:1剛性感 2グリップ 3後方視界 4照射力 5ヘルメット収納力 6燃料計

 かつて当サイトで取り上げたヤマハ・フィラーノの発展モデルにグランドフィラーノがある。これにハイブリッド(以下HVという)機構を盛り込んでモデルチェンジしたのがグランドフィラーノ・ハイブリッドである。今回試乗したのは慣らし運転直後の2019年タイ仕様・ABS非装着モデルB8B1である。ABS非装着でも速度を拾うローターは同じものが付いている。

 B8B1に85kgの負荷を掛けて平地でアクセルを全開にすると到達距離ごとのGPS速度は次のとおりになった。100mで49km/h、200mで64km/h、300mで70km/h、400mで75km/h、500mで78km/h、600〜700mで80km/h、800〜900mで81km/h、1,000〜1,100mで82km/h、1,200〜1,300mで83km/h、1,400〜1,500mで84km/h、1,600〜1,700mで85km/h、1,800〜1,900mで86km/h、2,000mで平地最高速87km/hを確認した。このときB8B1のアナログメーターは92km/hを指していた。下り坂ではGPSで95km/h、メーター読みで101km/hまでは確認している。速度計誤差は双方を平均すると+6%前後と推定する。

 比較対象区間307.4kmを走行したところオドメーターは309.7kmを示した。距離計の誤差は約+0.74%と推定する。Stop & Start System(以下SSSという)とヤマハが呼称するアイドリングストップ機構を常時ONにして比較対象区間を走行したところ、平均燃費61.1km/Lになった。燃費は前回測定したフィラーノの47.8km/LやアクシスZの55.5km/Lより向上しているが、SSS車としてもHV車としても初物なので、燃費改善の貢献度をSSSHVに区別するのは難しいと思う。実のところ今回は降雨の影響でいつもより交通の流れが遅かった事も燃費改善に寄与しているのではないかと思っている。それでもこの区間で60km/Lを超えた原付二種スクーターはB8B1が初めてだ。

 フィラーノとの比較。メーター読みどうしで比較した進行距離ごとの到達速度はフィラーノB8B1ほぼ同じで、最高速はB8B1がやや伸びる。燃費も改善はしている。

 アクシスZとの比較。GPSで比較した進行距離ごとの到達速度も最高速もアクシスZがわずかに勝っていた。どちらもBLUECOREエンジンを搭載するのは同じだが、B8B1はそれに加えてHVを採用している。

 HVとは言ってもモーター単独での走行はできない。SSSを基本にしており、セルモーターと発電機を共用した発電機能付きモーターが、最大3秒間発進をアシストするというものである。4輪で言うところのマイルドHVである。PCX HVは発進時だけでなく、中間加速やコーナリングでの立ち上がりにもモーターアシストが作動するが、B8B1はあくまで“発進”時にしか作動しない。しかもエンジン回転で5,500rpmまで、時間も最大3秒間というかなり限定された条件である。5,500rpm以下で発進するならスロットル量にして半分ちょい。

 PCX HVはアクセル全開にすれば必ず3秒間(+1秒の逓減時間あり)のモーターアシストが加わるので、エンジン単体よりも動力性能が“加算”される時間が存在するが、B8B1はアクセルを強めに回すと“引っ込む”アシストなので、モーターの貢献度を体感することは難しい。日中の市街地走行においては渋滞時の車間距離をチマチマ詰めるしか効用がないのではないか。
 その一方で褒める点も少なくとも2つある。1つはバッテリー代。PCX HVがモーター駆動用に48Vのリチウムイオンバッテリーを追加装備するのに対し、B8B1は鉛バッテリーのみで電力を賄うので、交換時はYTZ6V(ABS付きモデルはYTZ7V)1個の出費で済む。
 もう1つは、SSSは車両停止後(体感で)1〜1.5秒ほどでエンジンを停止させる点。JF81HVでないホンダ車だと、エンジン停止まで3秒も待たされるので、アイドリングストップをOFFにしようか考える事が多かったが、遅くても1.5秒で停止してくれるB8B1なら常時SSS・ONでいいと思えた。

 

 着座姿勢は極めて良好。フィラーノのフットレスト(傾斜した足の置き場)は廃止されフロアステップ先端は絶壁になった。こうなるとシート段差に深く腰を掛けてシート段差とフットレストを併用して前後から踏ん張ることができないため、足元が狭くない・膝が上がり過ぎない・という着座姿勢の良さがモノを言うことになる。幸いB8B1はシートとフロアの高低差を十分に取っていて窮屈さはないし、膝も上がらない。股下77cmの私がシートに深く腰を掛けるとハンドルが数センチ遠いのでわずかに前屈みになるし、両足ともにカカトは浮いてしまう。足着き性足置き性(運転席の居住性)も、おそらく身長175cm位の人でドンピシャではなかろうか。
 シートはわずかに後傾している。そのためもあってか長時間座っていても尾てい骨がシートに食い込むことは無かった。クッションも程よい硬さである。長時間走行しての疲労箇所はピンポイントでは殆ど無かった。後席も着座姿勢、座り心地、グラブバー、格納式ステップ、いずれも不満はない。

 取り回しがとても軽い。アドレス110(UK110)、アドレス125アクシスZなど、60km/Lを狙えるスクーターはみな後軸の回転抵抗が非常に少ない。これも低燃費に貢献しているのだろう。前後12インチホイールでしかも同一サイズのタイヤを前後に履いている。足を着かずに微速前進するのもラクだ。その一方で後輪はシグナスXより細く、腰の振りひとつでクルっと向きを変える。直進性と旋回性のバランスは良く、運動性能の面でも動力性能の面でもエンジンのトルクに乗っているときは実に軽快な動きを見せる。出足が多少もさっとしている。SSSをONにしていると更に発進が半テンポ遅れるので、機敏な部類ではないが、気付くと速度が乗っている。全体的に穏やかな出力特性で外見とよく調和している。

 ではB8B1がタンデム&ロングツーリング向きの決定版スクーターか?と問われれば、『そこまで良くない』と答える。その理由は3つある。
 1つめ。いろんな所が滑りやすいから。
 ハンドルグリップ。びしょ濡れになったグローブを外して気付いたのだが、このハンドルグリップは素手で握ると滑りやすい。樽型に膨らんだ形状とプラスチッキーなゴム材質がどちらも良くない。
 シート表皮。ナイロン製のライディングパンツが滑りやすい時とそうでない時が同じ日にあった。外気温・湿度と材質どうしの相性があるのかもしれない。
 フロアステップ。これは晴天・降雨、安全靴・長靴・スニーカーどんな組み合わせでも滑りやすかった。フロア表面に設けた凹凸は滑り止めとして殆ど機能していない。単調な線がただただ平行に浅く引いてあるだけ。凹凸にもっと変化を与えた方がいいと思う。
 タイヤ。DRY路面の短制動でもリアがロックしてテールが流れやすい。WET路面ではわずかなバンク角でも旋回中に砂利やマンホールを踏んでフロントから滑ることがあった。凍結防止のために彫った縦溝路面でタイヤは捕らわれなかったが、濡れていると滑りだしそうな感触があった。旧PCX(JF56・JF28)ほどビビる必要はないが、シグナスXに比べると滑り出しは早いと感じた。ちなみにタイヤの銘柄はF:MAXXIS M-6219Y R:同M-6220。タイヤサイズは前後共通の110/70-12だが、リム幅がF:2.50 R:2.75で異なる。

 2つめ。剛性感がないから。
 B8B1は座り心地はいいし軽快だし静かなので日常領域は非常に快適である。しかしその幸せは長くは続かない。路面の継ぎ接ぎを通過しただけでも想像以上に強い衝撃を受ける。特に前輪からの衝撃はハンドルを握る両手にまでガンッと一気に伝わってくる。サスだけでなくフレームもショボいんだと思う。原付二種スクーター現行国内ラインアップの中で比べるとほぼ最低レベルである。軽快な旋回も寝かすほどに不安が増していく。あくまで街乗り用と肝に銘じておきたい。

 3つめ。航続距離が短いから。
 燃料タンクが4.4Lしかないうえに後述するように燃料計が頼りない。

 

 積載性収納力
 アクシスZフィラーノと同様に収納容量は少なくないが、深さが決定的に不足している。収納できるヘルメットは半キャップとジェットの中間的なものに限られる。登山用デイパック、ドイター30Lは四隅を寄せることで何とか押し込めたが、25L以下を推奨したい。
 メットホルダーはシートヒンジ取付け部にあるプラスチックの突起が左右に付いていて、Mサイズ(帽体はLサイズと共通)のアライ:MZをなんとか引っかけることができたものの、かなりキツイ。コンビニフックにヘルメットを掛けるのも手だが施錠できないので、いつものようにブレーキレバーにDリングを通して小型南京錠でロックした。

 フロントインナーポケットはドリンクホルダーに特化したような形状である。あまり深くはないが、650mlペットボトルが差し込めた。

 フロアステップの幅は先端で約44cm、後端で約42cmある。ここに2Lペットボトル6本入り段ボール箱(奥行き185mm高さ315mm幅330mm)を置くと前後に約1cm左右に約4cmフロアが余るので、短時間なら両足で抑えて運搬できる。ドリンクホルダーの出っ張りがあるので、このサイズより奥行き又は高さのある箱だとレッグシールドに干渉してしまう。
 現地オプションのリアキャリアには固定式(2BL-RACKR-Q1-B1)と折り畳み式(2BL-RACKR-QA-S1)がある。荷台の安定感で選ぶなら前者、ベスパチックな雰囲気を味わいたいなら後者か。

 

 

 操作性その他。
 メインスイッチフィラーノのものを継続採用すればよかったのに、なぜかホンダ仕様に変わっている。すなわちエンジンを始動できるONと鍵の抜き挿しができてハンドルロックの始点となるOFFの間に、給油口(上)とシート(下)を開けるボタンが有効になるOPENを設定している点である。かつてホンダがバタフライスイッチと呼称していた上下一体のシーソースイッチを独立させて同時押しが出来るようになっただけの違いであり、構造的には全く同じものだ。ホンダとヤマハの業務提携はこんな所まで進んでいるのだろうか?

 速度計はアナログだが、それ以外の情報はフルカラー液晶パネルに一体表示する。表示内容は上部の時間、左脇の燃料計、右脇のエコインジゲーター(的なもの)の3点は常時表示で、ボタンを押すごとに中央に組み合わせる表示内容が、本体の絵→ODO→TRIP(長押しでリセット)→瞬間燃費→平均燃費→電圧→本体の絵、と変わっていく。
 燃料計は針のカタチをしているが、これも液晶表示である。燃費計=燃料噴射量を利用すれば残油量を細かく表示できるはず。燃料計の不正確さをついに解決したか!と期待したのだが、せっかく液晶表示にしたのに、燃料計の針は途中経過を表示せず、F〜Eまで6段階に刻んだ印にしか重ならない。徐々に針が移動するのではなく、突然ステップダウンするのである。何のために燃料計の絵にしているのか、バーグラフで足りるじゃないか。ちなみに目一杯給油してから約120km走行して一つ減り、そこからは平均して20km走行毎に目盛りがひとつずつ下がっていく。170km走行後(残油表示位置3/6)に給油したら2.8Lも入り、190km走行後(残油表示位置2/6)に給油したら3.4Lも入った。計算してみると前者は3/6でもどちらかというと2/6に近い残油量、後者は2/6でもどちらかというと1/6に近い残油量だったことになる。燃料計の従来のアバウトさはそのままである。昨今ガソリンスタンドが徐々に減りつつあるのでツーリングにお出かけの際はマメな給油をお勧めしたい。

 バックミラーは鏡面に歪みはほとんどなくて綺麗な映りだがデザイン重視の形状で有効面積が狭い。また鏡面の調整可動範囲も狭い。アームが短めで取り付け位置も内側に寄っている。ハンドル幅685mmに対してミラーtoミラーは710mm。片側で12.5mmずつしか外側に伸びていない。このため映写の半分以上は運転者の肩。車線変更直前に上体を傾けないと後方が見えなかった。

 

  ヘッドライトは上下2灯式LEDにポジションランプがエプロン部に付属する。ロービームでは上側のみ点灯する。この照射範囲は上下左右ともに狭く、LEDにしてはぼんやりとした光り方だった。ハイビームに切り替えると上下双方が点灯し、全面にわたって照射範囲と光量を増幅する。ハンドルマウントのため、旋回方向もいくらか照射してくれるが、ヘルメットのシールドを全開にして暗黒の峠道を走行したくらいだから、画像を見てもやはり明るくなかったと言える。対向車とすれ違う瞬間だけロービームに切り替えたい。

 キックスターターも装備するが、ホンダ車のようにバッテリーが完全に死んでも始動できるものではないという。

 装備品で褒めてあげたいのが左集中スイッチシート内LEDランプである。左集中スイッチはかつてのホンダ車のものと似ている。上からディマスイッチ(ハイビーム/ロービーム切り替え)、プッシュキャンセルウインカー(押し込んだ位置からは左右に合図は出せない)、ホーンとコンパクトに並んでいてハンドルグリップに近い位置に取り付けられている。リアブレーキレバーとホーンの同時操作も可能であるばかりかリアブレーキレバーとウインカースイッチまで同時操作できる。もしもスイッチが近すぎるという大きな手の持ち主ならば、ハンドルグリップを握る位置を外側にズラせばいい。標準的な手の持ち主がグリップから手を浮かさないとホーンに届かないという方が問題なのだ。

 軽快に取り回せる反面、路面からの衝撃は大きいし、着座姿勢は良くてもフロアが滑る、など長短の落差が大きいスクーターだ。フルカラー液晶メーターやHVなど流行アイテムは漏れなく揃えたものの、絡んでみると中身が薄っぺたい。まるでブランド物で身を固めたJKみたいだ。着座姿勢を含めた居住性が良くて左集中スイッチも操作しやすい。この2点が揃うだけでもここ最近珍しいので、個人的には応援したいモデルである。

 

記述 2019.5.27


表紙に戻る