トリシティ125

 長所: 1制動力 2運動性能 3ライト 4着座姿勢
 短所: 1足着き性 2すりぬけ 3取り回し 4収納力

 今回試乗したのはリーンニング・マルチ・ホイール第一弾としてヤマハが2014年初夏に発売したトリシティ125タイ現地仕様である。“街の三輪車”という謙虚な称号を得ているが、スポーツスクーターとしての高い素養を持っている。とても初登場とは思えない完成度の高さで国内仕様も機会があれば試乗してみたい。

 まずは動力性能から。85kg負荷をかけて平地でアクセルを全開にすると、デジタルメーターは次の速度を示した。100m=63km/h、200m=76km/h、300m=82km/h、400m=86km/h、500m=89km/h、600〜1,100m=90km/h、1,200m=91km/h、1,300m=92km/h、1,400m=94km/h、1,500mで平地最高速の95km/hを確認した。下り坂では105 km/hまでは見た。
 重い車体であるにもかかわらずレスポンスは悪くなく、まずまずの発進加速で交通の流れに乗ることができる。アクシストリートのようなストレスは感じないが、シグナスX台湾仕様ほどの軽快さはない。
 ちなみに、かつて試乗したシグナスX台湾仕様の進行距離ごとの到達速度は100m=63km/h、200=79、300=89、400=96、500=100、1,000=105、最高速=110km/hだった。双方がどれだけ過大表示しているか知らないが、体感的にも数字的にもシグナスX台湾仕様には全域で負けている。

 比較対象区間304.7kmを走行したところオドメーターは309.9kmを表示した。距離計の誤差は+1.7%で、その区間の平均燃費40.2km/Lとなった。一部に負荷120kgと140kgタンデム走行を含む市街地区間の燃費は32.8km/Lとなった。単独乗車でも常時アクセルを全開にしていればもっと燃費は落ちるだろうが、この重さで常時3輪が接地しているにもかかわらず立派な数字だと思う。一概な比較はできないものの燃費効率はシグナスX台湾仕様以上アクシストリート未満という数字になった。

 そして運動性能がすばらしい。ピアジオ・MP3では急加速をすると各3輪が全て別々の方向に(ただしいずれは収束へ)行こうとする瞬間があり、首都高速・西新宿ジャンクションなどのような高速カーブでアクセルをガバっと開くとヒヤリとすることがあったが、トリシティ125は、いかなるバンク角においても、そしていかなるスロットル量においても3輪の方向性に一体感があり、ライダーの操縦に素直に従ってくれる。

 ただし二輪車とは前輪の接地点が異なるので、その挙動も異なってくる。二輪車の場合、前輪の丸いエッジ形状がもたらす接地点の膨らみを旋回時に感じるのだが、トリシティ125だと、前二輪間に存在すると仮定した場合の仮想中央輪は非常に鋭角な形状をしていて旋回時にタイヤの膨らみを全く感じないのだ。そのために旋回動作に移ったとき、二輪車よりも倒し込みが素早く、車高や重心も低く感じるのだ。それでいて実際の前輪の接地点は二輪車よりもイン側にあってフロントから滑り出すリスクが減少しているのである。そして前後タイヤの太さのバランスが成功したのだろうか?MP3-250ではボンヤリとしていて芯のないコーナリングが印象的だったが、トリシティ125旋回性は二輪車に極めて近いシャープなものである。

 3輪でなくてもいいかなと思うのは、直進巡航時それも制動の可能性が全くない時だけだった。
 トリシティ125直進性は二輪車とは少し特性が異なっている。
 二輪車だとコーナリングフォースを作り出すために無意識に逆ハンドルを切っている。右に曲がりたければハンドルを左に切ってバランスを崩して車体を右に倒しやすくするのである。その逆ハン行動を左右に連続して行い続けることによって左右どちらにも倒れないようにしているのが、二輪車の直進である。速度を上げるほど逆ハンの強度・頻度が減っていくので、まっすぐに走っていると錯覚しているが、実際には非常に緩やかな蛇行を繰り返しているのである。

 前二輪の3輪バイクに乗ると、逆ハン操作でライダーが作り出さなければならない二輪車としての直進性の他に、車両が勝手に作り出してくれるクルマのような直進性がある。それは右前輪が右に逃げないように、左前輪が左に逃げないように設けたトーイン・キャンバーが互いの前輪の動きを牽制することで車体をまっすぐ走らせようとするものである。そこに加えた後輪の3つの接地点でもってバイク自らが安定しようとする働きがある。だから二輪車とは異なる“ひと癖”が出てくるのである。その“ひと癖”は旋回時よりも直進時に現れることが多く、MP3-250に試乗した際は3輪の方向性がバラバラになる瞬間があったが、トリシティ125にはそうした瞬間は現れなかった。高グリップ・高安定という3輪のメリットを享受しつつも、後輪主体で方向を定めていくスポーツバイクとしての高い資質を持っている。

 動力性能ではシグナスX台湾仕様に負けるはずだが、タイトコーナーが連続する暗黒の峠道、シグナスX台湾仕様より速いかもしれない。大きな声では言えないが、ちょっとしたカーブならほとんど減速せずに突っ込んでいける。こんな簡単にクリアーしちゃうの?というくらいに。なんも構えることなく突然のUターンもできてしまう。
 一般的な二輪車ではブレーキで作り出す前輪への荷重移動が、フロントヘビーなトリシティ125だとブレーキする前から荷重移動が半分済んでいる。この運動性能はもはや平均的な二輪車を超越している。バイクはトリシティ125になりたかったのかと思うほどに。

 ただし速度を落とせば落とすほど安定性は低くなる。MP3-250ロールロックを使わなくても、足を接地せずに停止し再発進できるほどの低速安定性を備えていたが、トリシティ125は二輪車より高い低速安定性を備えてはいるものの、停止した後はしばらくすると片足を接地せずにいられなくなる。同じ3輪車でも安定性MP3旋回性トリシティ125と両者の得意分野は異なる。

 制動力もすばらしい。いつもは50km/h程度からの短制動だが、今回は乾燥路面のみだったということもあり、60km/h程度から試みた。左レバーだけを握ったところ(後輪主体の前後連動)、リアタイヤが鳴いて左に流れつつも短い距離で止まった。右レバーだけを握ったところ(前2輪制動)、フロントタイヤが鳴りながらも持ちこたえ、リアタイヤも浮きそうになったが短い距離で止まった。両レバーを握ったところ、どのタイヤも鳴る間もなくビシッとすぐに止まった。その際、上体が前のめりになるものの、シート表皮がケツをグリップしてくれた。

 両>右>左という順に短い距離で止まるのはどの二輪車にも共通している。二輪車だと駆動輪よりも細い前輪が一気に荷重を受け止めるので破綻した時の恐さを思うと、、、その点、トリシティ125は絶対的な制動力も凄いのだが、安心感も二輪車とは比べ物にならない。しかも3輪全てがディスクブレーキでタッチも良好である。

 標準タイヤはF:台湾MAXXIS(マキシス)90/80-14(1輪あたり最大荷重155kg)、R:同110/90-12(同280kg)が装着されていた。アドレスV125JOYMAX125iにも装着されるこのブランドのタイヤは取り立てて高性能ではないものの、接地感があるし、滑り出す前に音が鳴るし、雨天時もまずまずのグリップを発揮する良心的なタイヤだと思う。ホイールサイズは前輪の方が大きいが、タイヤを含めた直径は後輪の方がほんのわずかに大きい計算になる。

 フレーム剛性アクシストリートのように床下からハンドルポストまで1本のパイプで支えるスクーターだと、短制動で荷重を前に移動するとハンドルが遠くなることがある。フラットフロアを採用するトリシティ125は運転者の着座姿勢を避けたフレーム形状をしているわけだが、短制動時でもフレームの曲がりをほとんど感じさせない。下から覗いてみると足元には3本ものフレームがあり、それがフロントユニットを支える10cmもあろうかという極太のパイプと結合している。乗降性剛性確保との両立に苦心した跡が見える。

 乗り心地は全体としてはいいが、前二輪の柔軟性に後輪が及ばない。段差を通過すると、前二輪は適当にいなしてくれるのだが、トリシティ125の後輪は他の一般的なスクーターと同様にエンジンと駆動系と後輪が一体となったユニットスイング式であるために、バネ下の重さが大きな衝撃を生んでしまう。リアに2本ショック(プリロード調整不可)を与えても構造的な限界は越えられない。旋回性と究極な乗り心地との両立は将来デビューするであろう??M-MAX(マルチホイール・マックス)??に任せるとしようか。

 取り回しは短所になる。
MP3ほどではないがずっしりしている。30kgぐらいの子供をフロントキャリアに座らせているような重量感である。車体を傾けると倒れ込むのが早いので、トリシティ125から降りて取り回す際は自分と反対方向に車体を傾けないように注意したい。そして乗降の際にサイドスタンド(使用時エンジン自動停止)を併用すれば、立ちごけの危険を減らせよう。

 足着き性も悪く、170cmない私がシートに深く腰をかけると片足はつま先立ちとなる。その一方でフラットフロアを採用したおかげで乗降性は良好である。フロアからシートまでの高さも十分にとってあり、椅子に腰をかけるようなアップライトな着座姿勢である。ただし、着座姿勢そのものは良いのだが、クルマで言うところのタイヤハウスが邪魔で、足が前に伸ばせない。それが窮屈な感覚を生み、なおかつ操縦性も下げているのだ。

 アクセルワークとガニ股ポジションによる左右方向へのステップ荷重、そして上体反らし、そんな方法でしか操縦できない。二輪車の運動性能は乗り手によってけっこう変わるものだが、トリシティ125は車両本体の運動性能によるところが大きい。もしもフロアをこれ以上延長したら、前輪が遠くなることで前輪が流れる危険が増すなど、運動性能に多大に影響するであろうことは察しが付く。

 運転席。 シートクッションに程よい弾力があり、シート表皮もグリップが良いので疲れにくい。ケツ直後のラウンドした形状に問題があり、長い時間走行しているとシート形状に沿ってケツが徐々に落ちてきていつの間にか猫背な着座姿勢になってしまう。シート形状を改善すれば、今まで取り上げたヤマハ原付二種スクーターで最も良い着座姿勢に成り得る。

 結構、底力のあるエンジンなのだろうか、2ケツしても極端に遅くはならなかった。
 運転席より一段高い後席はまずまずの視界を得られる。格納式のタンデムステップを採用して着座姿勢も良好である。シート面積は広めだが後端は極端にクッションが薄いので、前寄りに同乗者を着座させたほうがいい。その際、同乗者には両手ともグラブバーを掴んでもらい上体を一切動かさず荷物になりきってもらおう。なぜなら抱き付かれたうえに後席で動かれると二輪車以上に操縦に神経を使うからだ。

 すりぬけも神経を使う。二輪車と同等のハンドル幅72cm(実測値)だからといってすりぬけ戦闘力も同等にはならない。車体が垂直に立っている場合は同等だが、車体を傾けると二輪車よりも幅が必要となるのだ。二輪車だと右に車体を傾けても走行ラインを左に寄せれば同じ幅でも通過できてしまうが、トリシティ125のような前二輪の三輪車だと、外輪の位置は変わらないので、車体を傾けるほど車幅が増えてしまう。すりぬけるためには二輪車よりも余計に幅が必要となるのだ。フロアステップ幅45cmよりもボディ幅56cmの方が大きく視界に入ってすりぬけ闘争心も控えめになろう。市街地戦で一番ネックになる点だ。

 

 操作性。女性が乗るとブレーキレバーだけは少し遠く感じるかもしれない。それ以外、スイッチそのものはコンパクトな作りで各スイッチ間の距離も近い。
 メインスイッチにキーを差し込んだまま、ハンドルロック、シートオープンができるが、なぜか回転方向がシグナスXアクシストリートとは逆になっている。給油口はシート下、前半部分にある。

 ウインカースイッチは左右スライドスイッチの中にプッシュキャンセラーがあるヤマハお馴染みのタイプである。スライドとプッシュの動作が切り離されていて厚いグローブをはめている場合は操作しやすいこともあるが、プッシュボタンが先に指に触れてしまうと左右スライドができず、咄嗟の時に合図が出せないことが何度もあった。このスイッチもそろそろ刷新を望む。

 メーターパネルは文字がデカくて見やすい。特に時計を大きく表示する点は通勤用として有難い。燃料計は登坂中に目盛りが減って、下り坂で増える傾向がある。航続距離は可もなく不可もなく。外気温計は道路案内板より2〜5℃は高く表示していた。エンジン回転数は表示されない。トリップメーターは区間距離計として2つ記録できるほか、エンジンオイルと駆動ベルト、それぞれの交換時期を警告するようリセットすることもできる。
 バックミラーは鏡面の映写に文句はないが、今ひとつ後方視認性が良くない。ミラーtoミラーの77cmに対してハンドル・グリップエンド間が72cmとミラーの左右張り出しが少ないのがひとつ。ハンドルマウントなので視線移動量が多いのと直進時しか後続車両が視界に入らないのがひとつ。そして鏡面ももう少し広くして欲しいのがひとつって、JOYMAX125iの後に乗ればどんなバイクのミラーにも不満が残るってか?

 ヘッドライトは55/60Wのハロゲンバルブが単灯し、その左右上部をメインスイッチONで自動点灯するLEDポジションランプが飾る。ハイビームにすると照射範囲が上下に広がり感覚的にはロービームの倍の照射力である。被視認性も良好で遠目に見るとV字型に光ってトリシティ125だとすぐに判別できる。

 収納はシート下だけが頼りである。ヘルメットはアライ製ジェットヘルメット:MZ(Mサイズ)は勿論のこと、アライ製フルフェイス:RX-7RR(Mサイズ)を収納することができたが、なんとメットホルダーが装備されていない。シート下が荷物で埋まっている場合、ヘルメットはどうするか?1個はコンビニフックに、もう1個は非常に面倒ではあるが、画像のようにシートをロックする金具のシート側の方に顎ひもを結べばシート開閉を妨げることなく、MZをなんとか仮置きすることができたが、どちらも苦しい。

 

 積載性は標準状態ではリアシート上とコンビニフックだけが頼りでなる。
ゴムネットのフックをグラブバーに引っ掛ければ大きな荷物をシート上に載せることはできるものの、フックがグラブバー上で滑ってしまうのと、シート開閉のたびにゴムネットを脱着しなければならないのが面倒だ。
 コンビニフックはMZをかろうじて引っ掛けることができたが、寸法的に苦しくて一度引っ掛けてしまうと外すのは容易ではない。また、フックとフロアまでの高さが40cmしかないので、あまり大きなものは掛けられない。
 フロアステップの前後有効長は25cmしかない。足元に荷物をベタ置きするのはお勧めしない。オプションの純正ミニキャリアは面積が小さすぎるし、BOXの取付けを前提としていない。ステー+BOXを取り付けた場合も容量が少なめである。

 トリシティ125は操縦技術的にも経済的にも敷居の高かったスポーツライディングの土俵を初心者のレベルにまで下げてくれた。そして三輪車にも原付二種登録の道を与えてくれた。この2つの大きな功績をもってトリシティ125を当サイトのコミューター・オブ・ザ・イヤー2014として表彰したい。これに奢ることなく実用面の改良を加えて欲しい。

2014.8.23 記述

表紙に戻る